2009-08-03

better placeっていう脚本のタイトルを高校の頃から暖めていて,なかなか良いタイトルだと思うけど未だに形にしてない

高校生の頃までは良く本を読んでいた。

大学生になると作るばっかで全然読む暇がなかった。

で,今は時間があるのでたくさん読んでる。

小説に限らず,何かを作る人たちは

何をしてもいいんだと思った。

今はもう色んなスタイルが出きってしまっている感があるから

何を選ぶかだけど

まあ基本的に何をしてもいいんだと思う。

でも

この間のコンテンポラリーダンサーのワークショップを踏まえて

何をしても良い

でもそこには

作者の充分な動機と

才能が必要だ。

変なことを目的として変な作品を作られると困る。

結果として変な風になっちゃったらそれは仕方が無い。

でもはじめっからそういうものをやらないで欲しい。


今年の上半期僕のベストオブ小説は台湾のレズビアンの小説家が書いた

「ある鰐の手記」だと思う。

僕はレズビアンの気持ちにも台湾の社会情勢にも全く興味がないけど

そこに描かれているのは本当に汚くて惨めなレズの女性たちのドロドロとした葛藤だけど



なんて美しい小説だろう



読み終わった後そう思った。

涙が止まらなかった。


台湾の事なんか何も知らない日本の男にとっても

あの小説にこめられたパワーには何かが反応したんだろうと思った。

この作家は確か26歳で自殺しているはずだが

僕が強く心を動かされたのは

「そうするしかなかった」「書くしかなかった」

そういった極限の集中力のようなそんな部分だったんだと思う。

だからまあ何をどう描いてもいいと思う。

麻薬だろうがセックスだろうがロリータだろうが戦争だろうが

でも

「本当にそうするしかないのか?」

という自分への問いを欠いているならそれはただの失礼になる。

そもそも「表現する」っていう言葉自体がなんか胡散臭い

もっと,なんか,にじみ出ちゃうものな気がする。

「ある鰐の手記」

そうなっちゃったんだろう。

この人は根っこから言葉を吐き出しているんだと感じた。

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