2012-07-09

古谷くん

旅先で古谷くんと再会した。

旅といっても神奈川にちょっと原チャで行くくらいのことだったけれど。

古谷くんはとてもよくしゃべる。

現在はブリヂストンの営業部で毎年トップ成績だった彼の先輩が起業したベンチャーの会社にいる。

といってもタイヤ関係ではなく、企業の中だけで出回るような社内誌の出版の仲介業をしている会社だ。

隙間産業のようだが儲かるのかと聞くと、なかなかに儲かっているらしい。

あくまでも仲介業なので印刷所のような設備投資は必要ないし、数社と契約することでリスクを分散しているので大丈夫だと言う。

必要なのは顧客の信頼を勝ちうるためのコミュニケーション力だと言う。

古谷くん自身も大会社の重役やらと飲みに行ったりしていろいろ話を聞いたりしている。

最近はゴルフを練習し始めたが、一度は三菱重工の部長とラウンドを共にして一本100万のアイアンを握ったときは手が震えたという。

その先輩から自分でも起業しろと勧められていて、でもまだ人脈と資金力が足りないので機をうかがっているとのことだった。

僕は彼の話に時々相槌を打ちつつ、セブンイレブンの前でおごってもらったアセロラウォーターを飲んでいた。

彼は中学の時に一緒の学校だった。

明るくてルックスがそこそこ良くて、運動全般ができて、誰とでもしゃべれる感じのタイプの人だった。

10何年かぶりに再会したのに、見知らぬ街で気安く声をかけてきたのも古谷くんらしい。

そしてつかまったらとことんしゃべりだす。

あと、ボディータッチが結構多い。

僕は聞いているだけで時々ちょっとした相槌を打つだけで長々と喋ってくれるので、楽だ。


会社の話から、服の話、自分の将来の話。

際限なく話は移り変わっていく。古谷くんの口から滝のように言葉が僕に降り注ぐ。

中学の頃に彼は最初、一番不良っぽいグループにいた。

それがいつの間にかもうちょっと大人しいグループにいた。

卒業する頃にはできれば相手にしたくないと誰からも思われていた。

僕は時々彼につかまるとやっぱり今みたいにずうっと話を聞いていた。



ある時彼は当時流行っていたゲームソフトをいち早く購入した。

みんな彼のゲームの進捗状況を知りたがった。

でもこばやし君という人が同じゲームを購入し、悪戯をしかけた。

そのゲームの中には存在しないアイテムのことを語りだした。

そうしたら古谷くんも「あぁ、それねそれね」と言ってありもしないアイテムのことを語りだした。


あるとき彼はいち早く携帯電話を手に入れた。

大学生に知り合いがいると言ってトイレに入っていった。

僕の友達が上から覗き込むと携帯をもっている体で虚空に向かって話しかけていた。



古谷くんは病的に嘘つきだ。

彼は一見すると明るくて「いけてる」感じの空気をまとっている。

だが、彼は最初こそみんな親しく話すものの、すぐに飽きられる。

内面にはまったく実がないことがすぐに露見してしまう。

だから嘘をつく。

というか、一番最初に話すときにかならず自慢混じりの嘘をついてしまうのだ。

そうするとその嘘を成立させるためにまた嘘を重ねなければならず、

彼の言葉は異様なほど空疎になっていく。




だから僕に話したことも全て嘘だ。



古谷くんにはこれといった取り柄がない。

なんでもできるように見えるが、実は何一つ抽んでたものがない。

本当に賢い処世は正直に全て言ってしまうことだ。

でも古谷くんは自分の失敗を隠す。嘘で、隠してしまう。

嘘を成立させるために別の嘘を用意し、その向こう側にもっと嘘をつく。

最終的に一歩も進めなくなる。

そして嘘が露見した場所から逃げる。

寂しいから別の場所に行く。

そこでまた小さな嘘をついてしまう。

繰り返す。

真心とかそういうあたたかいものからもっとも遠い存在である。



そして同じく僕にも全く真心というものがないので

全部嘘だとわかった上で相槌をうっている。

僕の言葉にもまったく実がない。

なのに呆然としてどうしても彼から離れられない。




つらくない人なんてこの世にはいないだろうけど。

よくないよくない。

こんなふうに話しているのはよくない。

でも彼のいる地獄が僕にはわかる。

古谷くんが救われる道はないものか。





彼のいる地獄は特級だ。