2013-10-19

夏じまい 帰京編 その2



朝七時



島での生活リズムが身に染み込んでしまい、たとえ体調が悪くとも律儀に目が覚める。

やはり本調子には程遠いが、昨日無理をした割にはそこまで悪化もしていない。

布団の中でふわふわとしながら今日の予定を考えた。


四日市市


三重県



かなり憂鬱になる。

今日は東京まで一気に帰らないといけない。

朝早く起きて出発すればそれだけ後が楽になるのに、

結局8時半くらいまでご飯を食べたりダラダラとしてしまった。


そして食堂のテレビを見て今回の朝ドラの主演が杏であることを知る。


島にいる時も大阪にいる時も、ほとんどテレビを見なかった。



テレビや新聞を見ないことで失っていたものはとても大きく、

東京オリンピックが決まったことも1週間くらい経てから知った。

そして反対運動が起きていたことも。



しかしそういいったあふれかえる情報とは全く隔絶された生活で

実は退屈したことはほとんどない。

むしろ、実際に目の前に存在する人間と言葉を交わすことがとても多かった。

宿舎は寝る時も食べる時も必ず誰かがいたし、

プライベートな時間はほとんどなかった。

むしろ、本番舞台上に立っている時が

ある意味で最も孤独でプライベートな時間だった。



ただ、ふと島で気付いたことがある。




あまり、イライラしない。





テレビでは必ず誰かが怒っている。



もしくは僕を怒らせる発言、振る舞いをする人がいる。





明るいニュースは少ない。

考えなくちゃいけない問題がたくさんある。



ありすぎる。




ひとつひとつを慣れないように、見過ごさないようにするには

かなり大変な時間を使って、

考えなくちゃいけない。調べなくちゃいけない。


そういった作業でどうにかひねり出す、言葉を

心に留めておかなくちゃいけない。



それでも毎日毎日新しいニュースが生まれる。



誰かが傷つけられ、汚染水は流れる。

どこかで理不尽な権力が行使される。不正がある。




でもその人たちと僕は実際に出会っているわけじゃないし、

直接僕には被害がないこともある。

でも人として、自分をきちんと確立して行くために考える。



わたしとは、なにかってことだ。






義憤というのだろうか




社会に良くない。人間としておかしい。






そんな怒り。






意外と不純なもんだ。



僕の場合は、完全に公の立場に立って他人にものを言うなんてできないと思った。

ひとまず、精神にあまりいい影響を与えるものではなかった。

限られた情報で何かを考えるよりも

目の前にいる人と喋ったりした方がずっといい。



そんな当然のことに思い至る。




さて、長居しすぎた。




行こう






*                                                         *                                                      *





また、国道1号戦をひたすらに進む。

昨日の反省で今日は昼間から完全防備で進む。

ホッカイロを持っているわけではないので、寒くなる前にどれだけ熱を保っていられるかが重要だ。

きのうは寒くなってから厚着したのであまり意味がなかった。

関西方面を走っていると

東京ナンバーというだけで大型トラックに幅寄せを食らうことがよくある。

しかし座席には変なクッションが貼られているわ

雨でもないのに蛍光ブルーの河童をきているわ、ジャンパーにちょっとしろぬりついてるわで、

みんな二度見をするものの、あまり嫌がらせを喰らわない。

しかもこのバイク絶対に盗まれないだろう。

完璧な防犯だ。

でも、


ほっとくと捨てられるかもしれない。




昼頃に三重をようやく脱出。

かなり早い段階で昨日のようなやめられない止まらない状態に入ったので

かなりいいペース。

来る時は全ての行程を22時間で終えたので

早くて23時、遅くて明日の1時くらいには辿り着けるだろうと予想。

ただ、行きは迷いまくったのでそれくらいかかった。

今回はそこまで迷ってもいないので、早めに帰れるかもしれない。






*                                                             *                                                         *



静岡、でかい。


くる時も思ったが、本当に静岡はでかい。



いつまでたっても静岡を抜けられない。




案の定日が暮れたその瞬間くらいに御殿場に到着。


隣が富士の樹海というもんのすごい怖い状況でバイクをはしらせる。



闇。


昨日も思ったが、

もはや形があるとしか思えない


闇。

そして、ようよう寒さがしみてくる。

また、フジサファリパーク沿いとはいえ県道である。

街灯がない。

気がつくと深い側溝の5センチ隣をずっと走っていた。



背筋が冷える。



また、ガードレールもないため、闇の中でカーブがくると本当に怖い。

対向車もなければ後続車もないため、右カーブか左カーブかもよくわからない。


一度通った道のはずだが、昼と夜で山は表情を驚くほど変えてしまう。

全く記憶にない道だと感じる。


怖すぎて、ずっと脳内でPerfumeをかけまくるが、


よくかんがえるとフルコーラス知らない曲ばっかりだった。


富士の樹海は、なにかがやはり違う。


あすこは怖い。


何が怖いかというと、怖いのに、入りたくなってしまう。


不思議な感覚だが、外から見ている分には怖いが


入ってしまえば安心してしまうのではないか、



そこには安逸の時間があるのではないか




突っ込んでしまっても大丈夫なんじゃないか




うまく木々に助けられるのではないか





なんとなくそう感じてしまう。入りたくなってしまう。

魅力がある。




ようやくコンビニに着いた時は叫んだ




「人里イエエエエエエエエエエエエエイイイ」







*                                                           *                                                       *





21時、まだ静岡にいる。

最後の食事にラーメンを食べ、山中湖に続く道に行く。

ラスト、ここから家まではずっと峠だ。

ラーメン屋さんのお兄ちゃんに二度見されながら、またもっこもこに着込む。

さあ、今日中に着くぞ。





寒い

富士の樹海とは全く違ったしんしんとしたくらい夜道を淡々と走る。




そして、ミスに気がつく。




ガソリンスタンドが閉まっている。




入れ忘れた。






残り半分、およそ1,6リットル。



あと、60キロくらい。




ギリギリだ。




なるべくアクセルを静かに空け、


ガソリンを消費しないように走る。




静かな森を静かに走る。




置物のように座っていた。





溶けていく。





道に、風に溶けて行く。




音が




エンジンの音が





森に溶けて行く。











と、警察。


せっかくのペースを乱されて少しイライラ。


40キロしかだしてねえよ。


再スタートが1番ガソリン食うんだよ。ふざけんなよ。



あ、もしかして整備不良か。ヤバイか。

いや、ライトきちんと点いてるし、テープで止めてるし

実は法的にかなりギリギリ整備不良車ではないのだ。

「検問です」

あ、そう。






「いやあ、八王子からですか」

「えー、あ、はい。自宅は」

「遠いところからきましたね」

「そう…。。ですね」

「あれ、帰りですか?」

「はい、まあ、今日は大阪から来たんですが」

「え?」

「あの、大阪から…」

「…これで?」

「はい」

「おおぅぅん」



最後は不明瞭な音を出して遮断された。面倒だとおもわれたのだろう。




「あ、ガソリン大丈夫ですか?」



お!!




まさか補給的な器具が何処かにあるのか。


そういえばあの物々しいパトカーにそんなのがありそうな


まあこんな山の中で検問やるんだからそういった市民のニーズに合わせてるのかもしれない。





「いやぁ、実はギリギリなんです。あと一リットルもあれば安心なんですが」


「そうですか、分けてあげることとかは出来ないんですが」





じゃあ何で聞いたんだよ







「この辺、スタンドとかありますか?」

「いや、もうやってないと思いますよ」

「ちょっと足りなそうなんですよね、まあ、ギリギリかなとはおもうんですが」

「そうですか、気をつけてくださいね」




気を付ける?




何に?




ガソリンがないのに何をきをつけるんだ。



お前らの車は何で動いているんだ。

その大型車のガソリンを1リットル使ったらガス欠になるのか。

そんなギリギリの量しか入れずに業務を行っているのか。




自転車旅行をしている時も思ったが、


本当に警察は肝心な時に役に立たない。





人目からこそこそ隠れて一時停止違反を待ち伏せはしても


ガス欠寸前の人間に余っているガソリンは渡さない。



これで山奥でガス欠になって道ふさいでたら僕は検挙されるんだろうか。




警察は国家のお墨付きを貰った暴力装置であるとしか思っていない。








イライラを抑えてまた一定の速度で走り出す。










*                                                            *                                                     *


ふーん、よくできてんなぁ




そうか、道志は鹿が有名なんだな。





へえ、でも、あれ、これ道の真ん中…








本物だ!!!




僕「うおおお(急ブレーキ)」

鹿「おお!」

僕「お、、」

鹿「おお、、、」

僕「あ、えっと」

鹿「えー、」

僕「いや、なんか……はは」

鹿「うん…ふふ(森に帰る)」

僕「うん、ふふ…すいま、うん」





何故か






照れた










*                                                                         *                                                         *





不思議なもんで

無意識なのだが、休憩場所が行きとかぶることが多い。

道自体もころころ変えているはずなのに。

道志みちを越え、山中湖を越えて

ようやく神奈川県の相模原に入った。

23時。

帰れるのは恐らく1時だろう。

コンビニで今日何本のんだかわからないおーいお茶ホットを飲みながら考える。




行きもこのコンビニで同じものを飲んでいた。



あの時も寒かった。



夏なのに朝から雨が降って、薄着だったからだ。















そう、来る時は夏だった。



8月1日




島から帰ったら寒くなっていた。

長袖をきて寒いなんてことは想像できなかった。





大阪で、犬島で、いろんなことがあった



そしてこの旅でも




8月1日の自分と



10月17日の自分は、立っている場所は同じでも



全く違うだろうと思う。






人間の細胞は約60兆個ある。



それらが全て代謝され、全く新しい細胞になるのに平均すると一ヶ月ほどかかるらしい




僕は大阪で一ヶ月

犬島で一ヶ月生活した



大げさに言ってしまえば、僕の今の細胞は全て

犬島で摂取した食べ物で作られている。


文字通り、違う人間なのだ。


さて、またかちかちかちかち……



あと、少し。




ガソリン持つかな










*                                                                    *                                                             *



ガソリンスタンドだ!!



間に合った!!!





と思った時、それがいつもの家の近くのガソリンスタンドであることに気付く。



ふと周囲を見回すと見慣れた風景が


記憶の塊とともに精神にぶつかってきた



嘘のように、震えが引いた。


暖かくなった。



家に帰ると、かすかにカビ臭い匂いがした。



猫が出迎えた。


足をひきづり、痛む腰を抑えながら手を洗う。

台所を覗く。


見たことない食材と、見たことある食器と。

ぼくの自由のきかない台所。







飼い犬のリーがいない

もういない





旅立つ日、そんなになついてもいない僕にリーはじっと目を合わせてきた







深夜






しばらく見つめあった。



僕には何が渡されたのだろう






リーは僕が大阪に着いて少しして死んだ。




そしてその日、知り合いに子供が生まれた。








この宇宙の中で


何かが、バランスをとるように



生と死が密接に絡んでいる。




そして僕も



その大きな輪の中の



ほんの小さな一部であることに思い至って





一人、大阪の部屋で号泣した。




そのことを思い出した。



僕の部屋が8月1日を残していた。

部屋に寝転がる。



せまい。


やはりカビ臭いので、深夜だが窓を開けた。




冷えた外気が部屋中に流れ込んだ。




所々に残っていた夏の空気の残滓が、夜の闇に吸い込まれて行った。



深く息を吸った。



今年の夏が終わった。





夏を、しまった




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