2012-09-25

かたまり

怒涛の9月が終わった。

何が怒涛かというと本番ががっつり二つあったのだ。

ひとつはかえるP。もう一つはグラインダーマン。

どちらも全く違った作品で、とても経験になった。


最近、自分が以前より変化しているなあと感じることが多い。

特に感受性・・っていうとよくわからん。

影響を受けるものと受けないものが変わってきた。



例えば夕焼け

以前は夕焼けを見るのがすっごい好きだった。

特に今の季節。

でも今は違う。

見ているとずるいなって思う。

ほとんどすべての人が感傷的になるなんてずるいじゃないか。



でも今日久々に夕焼けを見て心が

ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃってなった。

悲鳴じゃなくて

吹き抜けるような、音。ひぃっぃっぃぃぃっぃっぃぃぃぃいっぃぃいぃ。


そんで、保育園のころ好きだった女の子にばったり出くわした。



彼女は当時フリルを着ていた。

僕は彼女というよりも白いフリルが好きだった。

フリルの不規則な波型にただよう香りが好きだった。

ほかにフリルをきている子はいなかったのだろうか?

いたかもしれないけど、記憶にない。

だから多分彼女が着ているフリルじゃないとダメだったのだ。


保育園をいま外から見るとなんて自由に遊んでいるんだと思うけど、

実は全然自由じゃない。

お絵かきしなきゃいけないし、歌を歌わなきゃいけないし、寝なきゃいけないし。

本当に好きに遊んでいられたのは夕方以降だった。


小さいきのこのおうちの中に居た。

彼女は何事かをずっと話していた。

僕は話していただろうか。でも相槌くらいじゃないだろうか。

僕は子供の頃から相槌を打っているという自覚があった。

何故か校舎と同じくらい大きな鳥小屋があって、太陽は見えなかった。

でもそらが染まっていた。


でもやっぱり彼女が好きだったんだろう。

フリルが好きだったけど、あの時間が好きだったんだろう。

あの、「ガちっ!」とはまる感覚。

時間に、場所に、なんの狂いもなくあてはまる感覚。




夕、焼け



目の前を通り過ぎていった女の子はフリルは着ていなかった。

青い色のアメを舐めていた。


いったい何味だったんだろう。

2012-07-09

古谷くん

旅先で古谷くんと再会した。

旅といっても神奈川にちょっと原チャで行くくらいのことだったけれど。

古谷くんはとてもよくしゃべる。

現在はブリヂストンの営業部で毎年トップ成績だった彼の先輩が起業したベンチャーの会社にいる。

といってもタイヤ関係ではなく、企業の中だけで出回るような社内誌の出版の仲介業をしている会社だ。

隙間産業のようだが儲かるのかと聞くと、なかなかに儲かっているらしい。

あくまでも仲介業なので印刷所のような設備投資は必要ないし、数社と契約することでリスクを分散しているので大丈夫だと言う。

必要なのは顧客の信頼を勝ちうるためのコミュニケーション力だと言う。

古谷くん自身も大会社の重役やらと飲みに行ったりしていろいろ話を聞いたりしている。

最近はゴルフを練習し始めたが、一度は三菱重工の部長とラウンドを共にして一本100万のアイアンを握ったときは手が震えたという。

その先輩から自分でも起業しろと勧められていて、でもまだ人脈と資金力が足りないので機をうかがっているとのことだった。

僕は彼の話に時々相槌を打ちつつ、セブンイレブンの前でおごってもらったアセロラウォーターを飲んでいた。

彼は中学の時に一緒の学校だった。

明るくてルックスがそこそこ良くて、運動全般ができて、誰とでもしゃべれる感じのタイプの人だった。

10何年かぶりに再会したのに、見知らぬ街で気安く声をかけてきたのも古谷くんらしい。

そしてつかまったらとことんしゃべりだす。

あと、ボディータッチが結構多い。

僕は聞いているだけで時々ちょっとした相槌を打つだけで長々と喋ってくれるので、楽だ。


会社の話から、服の話、自分の将来の話。

際限なく話は移り変わっていく。古谷くんの口から滝のように言葉が僕に降り注ぐ。

中学の頃に彼は最初、一番不良っぽいグループにいた。

それがいつの間にかもうちょっと大人しいグループにいた。

卒業する頃にはできれば相手にしたくないと誰からも思われていた。

僕は時々彼につかまるとやっぱり今みたいにずうっと話を聞いていた。



ある時彼は当時流行っていたゲームソフトをいち早く購入した。

みんな彼のゲームの進捗状況を知りたがった。

でもこばやし君という人が同じゲームを購入し、悪戯をしかけた。

そのゲームの中には存在しないアイテムのことを語りだした。

そうしたら古谷くんも「あぁ、それねそれね」と言ってありもしないアイテムのことを語りだした。


あるとき彼はいち早く携帯電話を手に入れた。

大学生に知り合いがいると言ってトイレに入っていった。

僕の友達が上から覗き込むと携帯をもっている体で虚空に向かって話しかけていた。



古谷くんは病的に嘘つきだ。

彼は一見すると明るくて「いけてる」感じの空気をまとっている。

だが、彼は最初こそみんな親しく話すものの、すぐに飽きられる。

内面にはまったく実がないことがすぐに露見してしまう。

だから嘘をつく。

というか、一番最初に話すときにかならず自慢混じりの嘘をついてしまうのだ。

そうするとその嘘を成立させるためにまた嘘を重ねなければならず、

彼の言葉は異様なほど空疎になっていく。




だから僕に話したことも全て嘘だ。



古谷くんにはこれといった取り柄がない。

なんでもできるように見えるが、実は何一つ抽んでたものがない。

本当に賢い処世は正直に全て言ってしまうことだ。

でも古谷くんは自分の失敗を隠す。嘘で、隠してしまう。

嘘を成立させるために別の嘘を用意し、その向こう側にもっと嘘をつく。

最終的に一歩も進めなくなる。

そして嘘が露見した場所から逃げる。

寂しいから別の場所に行く。

そこでまた小さな嘘をついてしまう。

繰り返す。

真心とかそういうあたたかいものからもっとも遠い存在である。



そして同じく僕にも全く真心というものがないので

全部嘘だとわかった上で相槌をうっている。

僕の言葉にもまったく実がない。

なのに呆然としてどうしても彼から離れられない。




つらくない人なんてこの世にはいないだろうけど。

よくないよくない。

こんなふうに話しているのはよくない。

でも彼のいる地獄が僕にはわかる。

古谷くんが救われる道はないものか。





彼のいる地獄は特級だ。




2012-05-24

東北妄想旅行withママチャリ 最終日

朝の七時半に目が覚めた。

いつものようにシャワーで足をほぐしながらルートを確認。

昨日でだいぶ距離を稼いだので、今日はかなり楽に帰れるはずだ。

今まで酷使してきた足を入念に揉みほぐした。昨日は終盤膝が無視できないくらい痛くなっていたし。

朝食付きだということで下に降りたら、意外にもご飯食だった。

でもやはりサラダを大量に食べる。

食事は、ホテルのロビーの一角にスペースが簡単に設けられていて、テレビもあった。

そこで本当に久しぶりに朝ドラを見た。

こうやって少しづつ日常に帰っていくのだなぁと思う。

部屋に帰って、身支度をして、出発する。

出発する前に鏡を見ると、一週間前に比べてずいぶんと日焼けをした。

髪の毛の色も黒がだいぶ落ちてきたし、ピアスしてるし、

途中寒さから購入した590円の白いパーカーを着ると、完全に地元のヤンキーだ。


そういえば、咳と鼻水が止まらないので最近は濡れタオルをおでこに乗せて寝ている。

顔が日焼けで熱を持っているので、これは二重に気持ちがいい。

今日もひたすら17号を南下。

都市部に入るとちょっと道が複雑になってくるが、迷わないように大きな道を選ぶつもりだ。

なんにしても、今日が最終日。

怪我だけは避けなくては。





※            ※            ※




本日は雨の予報である。だからあらかじめカッパを着て出発した。

その予想通り、出発して1時間ほどでさらさらと雨が降り始めた。

だが、予想外。



膝が痛い。




昨日は終盤でひどくなったが、今日になると昨日よりもっとひどくなっている。



筋肉痛ならば我慢ができるが、どうももうちょっと厄介なもののようだ。

ほぼこいでいる時間の8割を立ちこぎで過ごす僕にとっては膝の痛みは

致命傷だ。

しかたなく主に座ってこぐことにする。

基本的に平野なのでまだ良かったが、これで峠だったら地獄だったろう。

そうして、田舎ではありえなかった障害がやはり都市部では出てくる。



それは





おばあちゃんだ。






たぶんチリンチリンが聞こえにくいのだろう。

なかなかどいてくれない。

車道を走ろうとするも国道沿いなので車の往来が激しく思い切って出られない。

脇を歩いていたと思ったらいきなり道の中央部に切り込んでくる

バルセロナのシャビばりのパフォーマンスを披露。

その度に急制動。膝にダメージが蓄積されてくる。

雨だというのによくであるくなぁ。



おばあちゃんはいるのに。

おじいちゃんにはなかなか出会わない。

地球上に男と女はほぼ同数のはずなのに。



おばあちゃんばっかりと出会うのはなぜ?




※         ※         ※




    チリンチリン

おばちゃん「角谷さんね、それはきちんと言わなくちゃだめよ」

角谷さん「そうねぇ。でもきちんと言うっていってもね」

    チリンチリン

おばちゃん「私だってそりゃね、まあ、責任はとれないわよ」

角谷さん「責任って何よ」

おばちゃん「いや、責任ていうかね」

角谷さん「私だってせきに・・・」

    チリンチリン

角谷さん「んとろうなんて、とってもらおうなんてそんなこと考えちゃいないわよ」

おばちゃん「あっはっは」

    チリンチリン

角谷さん「あっはっは」

おばちゃん「責任てなによねぇ?」

角谷さん「ねえ?」

    チリンチリン

角谷さん「あっはっは」

おばちゃん「あっはっは」

    チリンチリン

おばちゃん「あっはっは」

角谷さん「あっはっは」

僕「あの、すいません」

角谷さん「え、ああ」

おばちゃん「あ、ごめんなさいね」





そういって、角谷さんは右に



おばちゃんは左によけました。




クロス







道幅変わってねえからあああああああ





※          ※          ※




17号のバイパスに入ると、ただひたすらに道が続くだけで

周りには店もなにもなくなってくる。

道の両脇には草地が広がるばかりなので、雨では休むこともできない。

バイパス沿いは田舎よりも飲み物その他を補給するのが難しい。

結局8時30分に出発して、12時あたりまで休憩が一度も取れなかった。

そのせいなのか右膝の痛みはよりシリアスなものになっていて

とうとうこらえきれずに国道を離れてガストに入った。



どうしてもフルーツパフェが食べたかったのに、

注文したのが和菓子で、どうもその辺の紆余曲折が思い出せない。

運ばれてきたスウィーツを前に一人で首をかしげる。



この頃になるともう自転車を降りて歩くのも辛くなってきていた。

椅子に墜落するように座りながら、ぼんやりと筋肉の回復を待つ。


雨はしつこくしつこく降りしきり、確実に体温を奪っていく。

昨日までだったら立ちこぎで平野部など楽に走行していたのに

膝の痛みからそれができない。

そのために予想以上にペースが遅かった。


もう東京は目前だというのに、たどりつかない。

もはや靴は歩いたらちゃぷちゃぷ言うほど。


雨にうたれる、というのは想像以上に気分を沈ませるものだった。

もしかしたら精神的にはこの旅の中で最終日が一番辛かったかもしれない。






※         ※         ※




雨に打たれると、体が冷える。

冷えると、トイレが近くなる。



しかし、こんなに都市部だというのになかなかコンビニもスーパーもない。

冷えるし、焦るし、膝は痛いし、小さい路地から車は急に出てくるし、

とうとうガソリンスタンドの入口で転倒した。

とっさに出した膝がまったく体重を支えきれずに顔面を強打。



雨はやまない。



何が起こっても、


しとしと、しとしと



しとしと、しとしと




やまない





※          ※          ※




東京に入ってからも実に長かった。

「すぐだ」という先入観からだろうか、なかなか着かない印象があった。

それと、意外にも都市部の方がアップダウンが激しいこともわかった。

立ちこぎは右膝が使えないため、主に左膝を重点的に使う。

そうしていたらこんどは左膝も痛くなってきた。

もはや座りこぎでも痛みは続いている状態で、坂や、信号で止まるたびにストレッチをする。

それでも間に合わない。

一度こぐたびに



きり




と右膝が鳴る。

つぎの一こぎで



ぎり




と左膝が鳴る。

日が落ちると、車の往来はより激しくなり、人も多くなる。

余計にスピードが落ちる。

顔を歪めながら、フードを目深にかぶった男がひた走る。

雨に打たれるというのは実際的なダメージ以上に、効いてくる。



自分がみじめに思えてしまうのだ。

このみじめさは強敵だ。

じょじょに体を蝕んで、活力をそいでしまう。

必死に考えないようにする。自分の姿を脳裏に描かないようにする。


それでも前に進まないと終わらない。




実にシンプル。




東京都に入ったというのに

こんなに晴れやかでない県境越えは初めてだった。




※         ※          ※


夜の20時。


吉祥寺に帰って来た。




いつの間にか雨が小降りになっている。




僕はフードを取ってよく街に目を凝らした。



現実感がない。


自分は本当に、ここに、いるだろうか?

もうひとりの自分は、今も、

秋田あたりを走っているのではないだろうか。

実際にそういう自分が存在しているような気がしていた。

なんだかふわふわしている。

夢の中にいるようだ。



しかし、実に東京は人が多い。

こんなに狭い場所に、こんなにもたくさんの人が、

それぞれの欲望を持って暮らしている。

こんな目の回りそうな環境の中で僕は普段生活していたのか。

人、人、人。

一体なんの目的があってここにいるのだろうか。





※         ※          ※




吉祥寺のレンタサイクルのおじさんに自転車を返す。

随分酷使したなぁ。

最後の最後まで、停車させる時のカシャンってやつがうまくいかなかった。

彼とも偶然出会ったのだが、まさかこんな目にあうとも思わなかったろう。

でも、彼にとっても初めての経験だったろう。


誰かが新車で買って、たくさん使われて、道に捨てられて、それでも拾われて、

スクラップにされずにレンタサイクルとなった。

そんで僕と山形まで行ったんだ。

愛着なんて今まで全く感じなかったけど、僕はおっさんに頼んで一緒に写真を撮ってもらった。



ありがとうね。

もうたぶん僕が乗ることは一生ないだろう。





※         ※         ※



電車に乗っている時も、まだ現実感がなかった。

今になって雨に打たれていた震えが止まらない。



そして、都市で生きることの圧倒的な不自由さを感じる。

もちろん旅の途中もたくさん不自由があった。

寝る場所は見つからないし、

いきたいところにいくにもものすごく時間かかるし

雨を遮る屋根がない。飲み物がない。病院がない。時には布団がない。


でも、手足を伸ばしたり、意味もなく笑ったり、深く考えたりする自由はあった。

限りなくあった。


それが満員の電車では一切許されない。

たった15センチ先にあるつり革すら掴めない。

自転車ならば半日かかる距離を一時間で進みながら、

車両にいっぱいの不自由を抱えて電車は毎日走る。



毎日。




深く、疲れた。







※           ※           ※






死んだように眠る。

協力してくれた人たちや、出会った人たちひとりひとりを思い出しながら。







※            ※           ※



この日記はネット環境がなかなかないことと

まあ疲れきって眠ってしまったこともなどもあって、

清書は23日と24日にまとめてしてしまった。

ただ、下書きは一応携帯にその都度その都度書いておいたので助かった。

今回は旅とはいっても、たった六日間。

それもほぼ国道沿いだったから、父に言わせるとそこまで景色に変化はなかったらしい。

確かに、まったく脇道にそれる余裕はなかった。

観光も全くしなかった。

ただ、ただ、ひたすらに目的地にむかって前進しただけだ。


今回は新潟まで車で送ってもらった分を抜いて、往復で約700キロ。

平均で自転車をこいでいた時間は13時間。

でも、宿泊代などは節約したので費用は2万くらいですんだだろうか?

レンタサイクルも一日200円だったし。

まあでも膝の状態を考えるともっと休憩は取るべきだった。

それにやはり一日早く帰ってきてよかった。

足の状態を考えるともう一日は厳しかったろう。


次は、県道だけで

行ってみようか。

やっぱりママチャリで。

もうちょっと休みを取って。

もっともっとより困難になるだろうけど。


もう次の旅に出たくなっている。

あんな思いしたのになぁ。

でもアホ旅行はこれからもしていきたいな。


とにかく、





やったぜ!と思っています。

東北妄想旅行withママチャリ 5日目

朝。

思ったよりも寝坊しないで起きる。

やはり足がかなり痛いので、シャワーでほぐしつつ本日の行程を確認する。

ただただひたすらに国道17号を南下。

そのあいだには最大の難所の三国峠がある。

今日のうちに越えられるか、そうしたら群馬まで出られて、うまくすれば一日早く家に戻れる。

まだ鼻水は出るし、少し咳も出る。

でも、ま、大丈夫。

峠を経験すると平地の行程がすごく楽に感じる。

なるべく峠に入るまでの平地で時間を短縮したい。

今度はもうピックアップの車はないし、もちろんヒッチハイクもしない。

午前8時30分

二度目の峠越えに出発!!





※         ※         ※





本日は快晴。

やはりかなり暑いので水分を消費する。

しかし、何か昨日よりも進みが悪い気がする。

こう、気持ちよくペダルを漕いでも自分の予想通りの距離が稼げない。

疲れだろうか。

それもあるかもしれないが、おそらくは風だろうと思う。

向かい風が強いと思いのほか重く感じるものだ。

峠を超えるまではずっとこの向かい風に悩まされることになる。


また、僕の自転車の乗り方はほかの人とちょっと違っていて、

遅いスピードの時でも、たぶん乗っている時間のほぼ8割くらいのは立ちこぎである。

これは昔からそうで

逆に座りながらこいでいる方が疲れる。

でもだから風の影響を強く受けたのかもしれない。

それが終盤になって思わぬ形でダメージが出てくるのだけど。




※          ※          ※




新潟は、日本のテキサスだ。



なんーもかんーもが



デカイ



まず田んぼがでかい。半端じゃない。さすが米どころ。

あとなんか全部建物が縦にでかい。さすが雪国。

あとコンビニの駐車場がでかい。コンビニ本体の何倍の敷地使ってるんだ。

あとパチンコ屋がでかい。

本当にでかい。

何と比較すれば良いだろうか。

えー

新宿三丁目にあるMARUIのビルくらいあります。

本当ですよ。だって6階建てくらいあったもん。


しかし一番でっかかったのはスーパー

その名も「プラント」




でかすぎる



自転車で通り過ぎるのに5分くらいかかったよ。

スミソニアン博物館ってこんななのかな。



いるだけで半日つぶせるわ。



僕はアメリカ行ったことないけど

兄貴に聞いたテキサスの印象と似ている。


日本のテキサスだよ。

あと、朝ごはん食べたかったのにほとんどの店が11時じゃないと空いてなかった。

3時間くらいなんも食わずに走っていた。


あと、お客さんいるのに農作業に出て行っちゃうのやめよう。

お会計できないから。




※        ※        ※




峠はやはり行きよりも辛いことになった。

以前はなかったヘアピンカーブの連続にはまいった。

登坂車線がでれば降りて歩かなければいけないし、

ちょっとゆるくなったと思ってこぎ出しても強い風に押し返される。

午後2時の段階で1.5リットルのポカリスウェットが2本空になった。

峠といえどもいつかはコンビニくらいあるだろうと思っていたのが間違いだった。

一つタイミングを逃すと絶望的なくらい飲み物が手に入らない。

たまに自販機を見つけるとためらわずスポーツドリンクを買う。

もはや、お茶などでは飲んだ気がしないのだ。

水には塩分が適量含まれていないと吸収率が悪いというのは本当だ。

お茶を飲むなら一緒に干し梅を食べなきゃダメだ。




※         ※         ※




苗場のスキー場あたりが一番辛かった。

へピンカーブはまだ曲がっているからゴールが見えないが、

ひとつの街道の脇にズラッと宿が並んでいるような道は

よりその長さが強調されているようで歩いていて辛い。

あと、あれは季節的なものであの閑散とした具合だったのだろうか?

ほとんどのホテルがシャッターがしまっていたりした。

あの静かな場所にも、冬にはたくさんの人が集まるのだろうか。

雪に沈んでこそ活気の出る街なのだろう。

僕は周りの景色が圧倒的な雪の白に覆われるさまを想像した。

その時に踏みしめた無数の足跡は雪と一緒に溶けていってしまうのだろう。

あるいっときの時間だけ、人が集まって、また引いていく。

それをこの街は延々と繰り返しているのである。

毎年来る人も、もう苗場を知り尽くしているぜなんて人も、

それでもこの初夏の苗場はしらないのだろう。

よそ行きの顔をかぶる前の、素顔の苗場を。



それはもしかしたら全ての都市の宿命をギュッと凝縮してるんじゃないか。



初夏の苗場というのもなかなか

詩情のようなものが漂っていたなぁ。




※           ※           ※





大体登りの半分くらいまで来た時に、ちょっと雲行きが怪しくなってきた。

明日は確か雨のはずだったが、まあ山なのでこういうこともあるかときにしていなかった。


さて、トンネルは幅が3.5mしかない。そこをトラック同士がすれ違ったりしている。

やっぱりトンネルは押して歩いている暇がない。

毎回入口で気合を入れて突っ込んでいく。


しかし、トンネルを抜けてみると、そこは土砂降りだった。

今まで暑かったのもあるので、一時的なものだろうかとも思ったがそうでもない。

仕方なくまたカッパを着て走る。


泣きっ面に蜂とはこのことだなぁとか思っていたが、不思議なことが起こった。



あれ、足が辛くない。

ぐんぐん登れる。


多分なのだけど、雨で足が冷やされたのだ。

筋肉は酷使すると熱を持って関節が動かなくなってくる。

それを冷やすことによって以前のように動くようになるわけだ。


怪我の功名だ。


しかし、気温は27度から一気に15度まで下がった。

前も見にくくなって、困難なことに変わりはない。





※         ※          ※




地獄のような登りをようやく終えて、峠の頂点にある猿ケ京温泉にたどり着いた。

この時17時。

前橋まではあと60キロ。

このペースならば今日のうちに群馬に入ってしまうことも可能だ。

そうしたら一日早く家に帰れる。

気温はすでに13度。昼から考えると寒暖の差が14度ある。

降りしきる雨。

美しい赤谷湖の景色もそっちのけで

それでも僕は気合を入れ直してペダルを漕ぎ出した。





※          ※          ※




ようやく群馬に入ったときはすごい達成感であった。

本来二日かける道のりを強行してやったかいがあった。

峠は登りを終えればあとは天国の下りだけである。

「関東は平野」と頭の中で思っていたので、もう前橋は目の前だくらいに思っていた。



だが、実はもう一つ峠が残っていたのだ。

沼田を越えて、渋川あたりだろうか。

まさかぁまさかぁと自分の考えを否定しきれない登りが来た。

もうやけくそでおりゃああと登りたいのだが、



群馬、街灯が、ない。



なぜこんなにかたくなに街灯を作らないのか。

しかもとなりには「ごうううううう」と鳴っている利根川。雨で水量が増えている。

ガードレールは50センチくらいしか高さがないから、下手をすると落ちる。

ここに来て死ぬのは嫌だ。

ママチャリのライトなんて微々たる明かりだから、

時たま通る車のライトで照らされた景色をたよりに進む。

前橋の煌々とした街明かりがふもとに見えたときは思わず叫んだが、

一向に近くなっている気がしない。

そもそも街灯が少なすぎるから、

遠くの明かりが必要以上に近く見えたのではないだろうか?

それは平野に入っても同じだった。

見えているのに、なかなか近くならないのでちょっとやきもきした。

それと、その頃からどうにも右の膝が痛くなってきた。

筋肉ではなく、膝の内部が痛んできたようだ。

早めにストレッチをしなければ。




※         ※         ※




晩飯は、豪勢に焼肉に行った。

今日は、僕は頑張ったろうと。

ご褒美だと。

ていうかもう肉が食いたくて食いたくてたまらなかった。

特に何も考えず、見えた店にそのまま入る。

割とチェーンっぽい店だったのになんでかお客さんは僕ひとりだった。

もしや不味いのか?と心配したが、そんなことはなかった。(と思う)

もはや肉ならなんでもうまい状態だったかもしれないが。

やはり、食べる量は半端じゃなく増えている。

焼肉屋は大体が2人前くらいのサイズで商品が来るが、まったく問題なし。

二人だけだったし、店員のおばちゃんと話をする。

おばちゃんの息子さんも自転車で旅に出たことがあるらしい。

息子さんは1っヶ月かけてそれこそ北海道まで回ってきたらしいが。

今回の旅を経てわかったが、観光なども兼ねて自転車で東北を回る場合は

やはりそのくらいを覚悟しておかなければならないだろう。

旅に出ているとすぐに次の旅の計画が浮かぶ。

作品を作っている時に次の作品のことをつい考えてしまうのと一緒だ。




※         ※         ※




前橋についたときは1時。

こんどもネットカフェではなく駅前の東横インに泊まる。やはりビジネスホテルの中では群を抜いて安い。

それに、今日はしっかりと寝たかった。

今日の行程は峠越えも含めで160キロ強である。

およそ16時間は自転車をこいでいたのだ。

今日のうちに前橋につけたので、間違いなく明日は東京に帰れる。

3日の行程を一日早くくりあげたのだ。

達成感が胸をいっぱいにする。

凶暴な眠気をおさえてしっかりとストレッチをする。

明日はいよいよ最終日だ。





この旅も、終わるのか。




余韻に浸る間もなく、昏倒するように眠った。




2012-05-23

東北妄想旅行withママチャリ 4日目

山形に住む友人夫妻の家に泊まらしてもらっている。

しかし朝の5時ごろ、僕は突然激しい咳と鼻水に襲われて目が覚めた。

ひとまず湿潤な空気を求めてシャワーに入る。

体も固まっていたのでぬるめの湯が気持ちよかった。

何度かうがいをするとだいぶ気分も良くなり、再度足のストレッチをしてから寝た。

喉が荒れているのはずっと街道沿いを走って排気ガスを吸いすぎたためだろうか、

咳は疲れが出るとしやすいから、まあ肉体的なサインだろうと思う。

風邪ではないが、筋肉疲労と咳と鼻水は割りとシリアスなレベルで

もうもしかしたら旅は続けられないかもなぁと思いながら意識を失った。




朝の10時ごろようやく目が覚める。

主人のほうはなんと朝の3時くらいにおきて市役所で仕事をしてきたという。

結婚式の準備とかもしているのに

そんな忙しい中泊めてもらって本当に感謝しています。

二人とも大学時代4年間ほぼ一緒にいたので、

会えば当時の関係にいきなり戻れるのがうれしいし、本当に心が和む。

朝ごはんをだらだら3人で食べていると、なんとも言えず、平安だった。




※           ※            ※




その日の午後16時、僕たちはチャリとともに米沢街道の道の駅に居た。





当初の計画では、一日山形に滞在するつもりだったし肉体的にも1日休息が必要だろうと思っていた。

ただ、帰りは絶対に行きとは違うルートで帰りたかった。

つまり山形からまわって新潟に出て、群馬から東京に行くルートになる。

しかしいざそのルートをじっと吟味して考えてみると、時間が足らないのだ。

峠は福島から行くよりもより険しくなるし、まず山形から新潟に入るまでがかなり長い。

つまり、今日にでも出発しないと間に合わない。

全行程を一週間でまわるつもりだったし、その次の日には予定が入っていたので長居はできない。

冨樫(主人)は新潟の玄関口の新発田というところまでならば夜に車を出して送ってくれるという。

そこまでなら車でそんなに時間がかからないからだという。

申し訳ないが、そこまでの峠を車で送ってもらえないとたぶんたどり着けないだろう。

しかし、グーグルマップで検索をかけると新発田までもかなりの距離だった。




今日は日曜日なので、まっとうな仕事をしている二人は明日出勤だ。

つまり、車を出してもらうなら今日しかない。

今日遊びほうけるという選択肢もある。

そうなると自力で3日のうちに帰るのは不可能だから、宅急便で自転車を送り、僕は新幹線で帰る、ということになる。

そうなると後二日も二人と遊んでいられる。

せっかくだから二人とはもっと遊んでいきたい。

体調も(かなり)思わしくないし。

お金はかかるけど自転車を東京まで送ってしまうこともできる。

そうすればもっとだらだらできる。

むしろ自転車なら3日の道も、新幹線ならたった数時間の旅なのだから。

まだまだし足りない話がたくさんある。




このまま、ここで、旅を終わらせてしまおうか。




でも僕は、何故か、あんな思いをつい昨日までしていたのに、もう走り出したかった。




旅に出なきゃ




僕は二人に「ドライブに行こう」と提案し、新潟まで、今すぐに行こうと促した。

せめて車中で、したりない話をたくさんしておこうと思った。

目的地だった彼らの家をまるで中継地点みたいに使ってしまった。

でも彼らは全然そんなこと気にしない様子で、自転車を後ろに積んでくれた。


本当に本当にありがとう。



なんでそうまでして僕は流れていたいのだろう。

理屈ではないのだな。

僕は到着して次の日の昼に、もう旅に出ていた。





※            ※            ※




結局夫妻は新潟駅まで僕を送ってくれた。

出発したのが午後13時で、到着が17時。

車でさえそんな時間がかかるのだから、自転車だとやはり一日だろう。

駅前でご飯を食べ、明日も朝早い夫妻はそのまま帰るという。

車中ではたくさん話をしたが、やっぱりしたりない。

別れるときになって話したいことがたくさん思い出されるのは何でなんだろう?

今生の別れではないし、すぐまた今週末に東京に来る。

でもなんでだかいつもとは違う寂しさに包まれていた。


なんでこんな馬鹿みたいなことに付き合ってくれるんだろう。

徹頭徹尾、なんの意味もない僕のこのわがままに。

本当にありがとう。




※          ※          ※



帰りの計画。

新潟は広い。というか僕は東京の感覚で市とか町とかの広さを予想していたので、

栃木や福島では手痛いしっぺ返しをくらっていた。

地方都市の「となりまち」は時として絶望的なくらい遠いことがある。

東京都を抜けるのは恐ろしく簡単だったが、

栃木を抜けるのは相当大変だった。

だからおそらく全力を出しても新潟を抜けるには2日かかるだろうと予想。

今日の夜のうちに距離を稼いで明日は峠の真下辺りまで行く。

そして次の日に峠を越えて群馬県に入り、そこから最終日は東京を目指す。

そう計画していた。



ご飯を食べて夜19時、

僕は新潟駅を出発した。

新潟はどこまでもどこまでも田んぼが続く。

かえるの声がいつまでもついてくる。

山と違って、平野の闇はあつかましくない。



今晩までにもしも長岡までいけたらかなり楽になるはずだった。

しかし新潟駅から70キロくらいあるのでまあこの時間からだと難しい。

ま、その辺も適当に構えて。

いけるところまでいっちゃえとペダルを漕ぎ出す。




ところがどうしたことだろう。


驚くほど、疲れが取れている。



ぐんぐん進む。



まだ、夫妻の家のぬくもりが体の周りにもやの様に霞んでいる気がする。

暖かい、暖かい空気だ。


ああ、そうか、彼らは僕の力になったんだ


彼らが居るってだけで僕は元気になれたんだ。





いい友達をもったなぁ





胸に迫るって、こういうことなんだ。



ちょっと泣いた。




※         ※         ※



国道8号をひたすら南下。

ずっと平野が続いたということもあって、なんとそこから70キロの長岡まで着いてしまった。

長岡はいかにも地方都市の繁華街といった風情で、駅前は栄えていた。

しかし、意外と漫画喫茶がない。

せっかく来た道をかなり戻らないといけない。

経費はなるべく削減したかったし、自分への挑戦もこめて漫画喫茶に泊まろうと考えていたのに。

しかたなく、駅前の恐ろしく安いビジネスホテルに泊まる(一泊3500円)

確かに室内は恐ろしく狭く、アメニティもない。

徹底的なコスト削減をしている感があった。



24時、シャワーを両膝に当てながらこれからのルートを考える。

今日長岡まで着いたとはいえ、逆にペース配分が難しい。

峠の途中の猿ヶ京温泉というところまで明日は行ってみようかと考えた。

もう一回くらいせっかくだから温泉に入りたい。




うーーーーーん



ま、峠しだいかな。

でも予約はしておいたほうが安心だろうか。





うーーーーーーーーん



面倒だ。



行ってみりゃわかるだろう。

ホテル入れなかったらまた野宿しよ。



昨日ようやく腰を落ち着けたと思ったのに、

もう僕は違う場所で寝ている。




山形の冨樫夫妻に僕はもう一度感謝をしつつ、眠りについた。




明日は、また峠だ。

東北妄想旅行withママチャリ3日目

旅館でちゃんとした朝ごはんを食べながら考える。

とても、バランスの取れたきちんとした食事だった。

大体食べ終えて、昆布とわさびの和え物というちょっと変わった漬物を食べる。

おいしい。



昨日までは、あまりバランスの取れた食事はとっていなかった。

街道沿いはやたらラーメン屋ばかりだったし、朝ごはんはお菓子とかだったし。

なれない運動で頭はぼうっとしていたうえ、睡眠の場所も質も劣悪だった。

今思うとかなり体は不調和だったと思う。

ただ、そのときは必死だったしその状態が「いつもの」自分の状態だと頭が判断していた。

だが今日、ちゃんと布団で寝てしっかりと朝食をとると、体が驚くほどすっきりとしていることに気づく。

習慣として、知識として、観念として毎朝のきちんとした生活を続けることは良いことだと信じていた。

でも今回の旅に出て、そうしないと実際に体がどうなってしまうのか

ということが実感できた。

もしも僕が毎日毎日を完璧な生活バランスで生活していたら絶対にわからなかったことだろうと思う。

でも逆にその生活を続けることで得られるものもあるだろうとも思う。

つまり、人は何があっても何かしらは得ているのだ。

人には可塑性というものがあるのだ。

道端にねっころがろうが温泉旅館に泊まろうがそれを「いつもの」としてしまう力が確かにある。

そもそも人間の進化とはこの可塑性の獲得なんじゃないのだろうか。

絵を描いたり、金色の服を着たり、雪山にすんだり、砂漠でらくだに揺られたり

人間の脳みそがそれが「日常」であるという虚構を構築すれば人はその環境に適応してしまう。

人間の過度に肥大化した脳みその存在理由は

日常という虚構をありとあらゆる環境においても作り出してしまうためにあるのではないか。

それを多様性といおうか自由といおうか



ただ多様に生きられるということは生物にとってかなりの強みである。

恐竜は気温が下がったら一気に全滅してしまったが、人間は違う。

寒がりな人もいれば暑がりな人もいれば、米を食べる人肉を食べる人虫を食べる人もいる。

細胞レベルでいっても多様であるという強みはそのままあてはまる。

例えばウィルスというのは自らでは細胞分裂ができない。

だから人間の細胞に取り付いてそのエネルギーを使って繁殖する。

その取り付く際に細胞には鍵穴のようなものがあって、

免疫力の強い人はその鍵穴がより複雑になっているという。

まったく違う性格の人に惹かれたり「一目ぼれ」があったりするのは実はこのことが関係しているのではという説があって、

自分とはまったく違う鍵穴を持つ異性を(たしか鼻に受容体があったはず)無意識に探しているのであるという。

ウィルスといえば、エイズウィルスがやっかいなのは人の免疫細胞のなかの「ヘルパーT細胞」

というものに取り付くからで、

そもそも人の免疫細胞にはB細胞、キラーT細胞、マクロファージ・・・





鼻水どぶーーーーーーーーーーー!!!!!!





「あの」

「はい?」従業員のおばさん

「これって、・・結構辛いですね」

「そうですか?」

「いや、おいしいんですけど・・・まあ、こんなもんなんですかね」

「あ、でも時々わさびの塊にあたっちゃうことがあるんですよ」



それだ!




※          ※          ※




「あ、本当にただの自転車ですね」

「ええ、まあ(苦笑)」

「それではがんばってください」



旅館を九時半ごろに出発。

快晴。

昨日は襲い掛かってくるような闇だったが、本当に同じ場所だとは思えないくらいの風景が広がっていた。

遠くの山々まで見渡せて、車のCMに出てきそうな初夏の高原の景色。

昨日の夜に散々登った末にたどり着いた温泉なので、10キロほどずっと下りが続く。

小さな黒い虫がときどき顔に激突する。

この坂を昨日のぼってきたのかと思うとぞっとする。

そのまま坂を下り続け、ほとんど苦もなく福島市内まで到着する。

これから今日は山形との県境の峠越えなのでなるべく体力を消耗せずに行きたかった。

でも市内についたときはもう12時だった。コンビニでポカリスウェット1.5リットルを買う。

今日はかなり日差しがきついので水をおもいのほか消費する。

福島市内からは国道13号に乗り、米沢経由で山形に入る。

いよいよ日本海側に入るわけだ。

ここの峠が難所で、そもそも自転車が通れるのかどうか良くわからない。




ま、行ってみりゃわかるか。




目の前にそびえる連峰のでかさに思わず笑ってしまいつつ出発。

ママチャリで果たして越えられるのだろうか!




※         ※         ※




福島市内は思いのほかきれいだった。

でもところどころに

「放射能測定いたします    即日」

と書かれた看板があるのが印象的だった。

そうか、それが日常なんだ。




※         ※         ※



温泉に入ったとはいえ、足の疲労は隠しようがない。

また、容赦なく太陽が照り付け日焼けが痛い。

市内で買っておいたポカリスウェットがあっというまに減っていく。

登坂車線があるようなところはもうとてもじゃないけど登れないので、押して歩く。

しかしそうすると時間がかかる。

たまに見かける自動販売機があると必ずスポーツドリンクを買う。

あと、非常に助かったのがコンビニで買った「干し梅」

塩分、クエン酸等が補給できるため、常に舐めながら歩く。


いままでだったらのぼりの後には必ずくだりがあった。

それは関東が平野だからだ。

しかし延々と続く、上り坂。





あと、怖かったのはトンネル。

結局のところ自転車で通ってよいのかはわからなかったが、道幅狭いところなどは命がけだ。

こちらが壁ぎりぎりまで寄っても大型トラックとすれ違うときなどは数センチの空間しかない。

しかも止まるわけにはいかない。押して歩く隙間はない。

車が通り抜けるときの風圧で体がよろめく。

また、トンネルの脇にはごみが多い。

うっかり踏んでパンクなどしたら終わりだ。

万が一にでもペットボトルや空き缶につまづいたら命が危ない。




ずっと下を向きながら走る。

どんなに足が痛くても、走る。



いったいなぜトンネルに割れたホイールが捨てられてるの??

靴が片方とか。

もっとも長いトンネルは西栗子トンネル。

全長が2キロ超。

もっとも緊張した時間だった。






途中、あまりにもつらくて、ヒッチハイクを考えた。

しかし、このたびは絶対に自分の力だけでやりたいと思っていた。



でも、あまりにも暑い。辛い。いつまで登りが続くのか見当もつかない。



それに自転車まで乗せてヒッチハイクしてくれる車なんてあるのか?



ワゴンくらいなら、座席を倒せば乗せてくれるんじゃないか?




え、見ず知らずの人のために?






そんなとき、ちょうど荷物を降ろした軽トラックが向こうからやってきた。





ヒッチハイクも初めての経験なのだから、やってみても良いんじゃないか?




それは弱音だったのか

自分を正当化する言葉だったのか

僕はとうとう立ち止まり(この旅で休憩以外で止まったのは初めてだったと思う)

おずおずと手を上げた。





無視された






炎天下、僕は、取り残された。

一人だった。



上り坂をにらみつけ、

「あ゛ああああああ」という声とともにこぎだした。

しかし二回こいだ時点でもう限界に来てしまった。

歩いた。




※        ※        ※




西栗子トンネルが最高点だったらしく、どうにか峠を越えた。

そこからは「ふぉおおおおおう」と思わず声に出してしまうほどのくだり。



その開放感といったら



なんといえばよいのだろう。



これが多分旅の醍醐味なのだろうなって強く思う。


つらかった分のこの反発。




※         ※         ※




くだりが終わって万世大路をまた自転車を押して歩いていたところ、

目的地である山形に住んでいる友達の夫婦が反対車線から見えた。

車を出してくれたのだ。

僕はシートを倒して自転車とともにすし詰めにされながら本当に安堵した。

友人は僕の顔を見ながら終始ニヤニヤがとまらない。

そんなに疲れた顔をしていたかね?

車に乗りながら、そのあまりの速さに驚く。

あたりまえだけど自転車に比べて圧倒的に速い。

人間がなぜ車を作ったのか良くわかる。




車中で、しかし僕はじわりじわりと敗北感に支配された。

峠越えで疲れきっていたとはいえ、山形から米沢までは70キロほどある。

僕はそれをまるまる車で送ってもらったのだ。

ピックアップしてもらった時間は16時前くらいだったから、

自力でも今までのペースを維持すればたどり着けないこともなかったのである。


ずるをした、という思いがあった。


もちろん彼らの生活のリズムもあるし、なるべくはやい時間には到着してあげたかった。


それは不可能だったろう。



でも、



自分に負荷をかけ続けていたこの旅の行程を思うと


やるせない思いは、やはりあった。



※        ※        ※



いったん友人の家でシャワーを浴びて服を借りてから買い物に行く。

しかし、スーパーで僕はすでに意識が朦朧としていた。

自転車で移動していない自分が変な感じだった。

体の中をずうっと風が通り抜けているような感じ。

その感覚が離れない。


しかし、ご飯を食べながら、くだらない話をしていると徐々にその感覚が薄れてきた。

それとともにやたら咳と鼻水が出てきた。

おそらく疲労からだろう。

気が許せる場所にようやく来たのだ、と思った。

夫婦は先に寝て、僕だけがパソコンに向かい、ようやく書き終えた。

疲れた足を少しストレッチして、目を閉じると、すぐに暗くなった。



走行距離は吉祥寺からだと約350キロ





山形に、着いた。





2012-05-20

東北妄想旅行withママチャリ 2日目

結局24時間営業のネットカフェに滑り込んだ。

でも起きたときに僕は軽い肩倒立みたいな形になっていた。

どういう状態かというと、本来足を置く台みたいなのに頭をおいて

背もたれに足を投げ出していた。

これは昨夜薄れゆく意識の中で

「心臓よりも高い位置に足を置いておいたほうが疲労がとれる」

と思ったからだ。

あと、壁一面に昨日で濡れた衣服がかけてあってやたら部屋が蒸れている。

その状態で不覚にも9時くらいまで眠ってしまった。

ただ、起きた時点でまだ外は雨だったので

あったかいスープなどを飲みながら時間をつぶし、

雨が上がってから出発したのがすでに11時。ま微妙に上がってなかったけど。

朝ごはんは前日に餃子屋さんでもらったお菓子と、道の駅で買っておいたトマト。

でもトマトはその存在を完全に忘れ去っていたためかばんの中でぐっちゃぐちゃになってた。

「でも、味、成分その他は変らないよね」

と思って食った。ビタミンビタミン。

今日の予定は那須塩原の温泉に入ることと、福島まで行くこと。

当初の予定では今日にも山形に着く予定だったが

昨日の平地での走行距離と、また県境の峠越えなども考慮して福島で一泊することにした。

足の疲労は思ったほどでもない。

さて今日も出発だ。目指せ福島。


※      ※      ※

今日もただただひたすらに国道4号を北上。

ただ、ちょっと高低差が出てきた。

これは辛い。立ちこぎで無理やり上る。

そして寒い。気温が12度くらいしかない。これって東北の平均?

そしてちょっと走って気付いた。

福島まで143キロ。

これは那須塩原に寄っている暇はないのでは?

昨日の限界で140キロくらいなのだから、むしろ福島にたどり着くのも難しい。

計画変更。福島周辺で、かつ温泉に入れる場所を探す。

ちょうど岳温泉という温泉郷の「扇や」という旅館が空いていた。

値段も手ごろで、温泉もある。しかもチェックインが21時までと遅い。

早速電話をして予約。

昨日風呂に入ってないのでなにが何でも温泉に入るぞ!と心に決める。


場所をちゃんと調べなかったこと



これ短慮。



あとで泣きを見ることになる。



※      ※      ※

昼食に、もう中華料理屋は嫌だと思ってえり好みする。

もう胃があれまくっているのである。

ちょうど定食屋がみつかる。

入ると客がおれしかいない。

食ってみて分かった。

まずいからーーー。



※       ※       ※

街道沿いの変な店。

ハム

ロース 

カルビ

バーコン


バーコン!?

「あの」

「ああい?」おばちゃん

「これって・・・」

「あベーコンだよ」

「はあ」

「ときどきねえ、それだけ聞きに来て帰る奴がいるんだよまったく」

じゃあ

直せば良いのに。



※     ※     ※

変な地名。

大玉

新大玉



元新大玉



うるせえよ!




※      ※      ※

ただひたすら国道4号を北上する。

しかし、福島に入ってすぐ、白河のあたりが非常に辛い。

一つの峠だったのだ。

強烈なアップダウンの連続で嫌がおうにも体力が奪われる。

また、雨だった。

10年もののカッパはほとんど雨を防がない。

体は冷えるし、先の見えない峠で余計疲れる。

もう、絶対に温泉に入ることだけが望みだった。

那須塩原の温泉に入っている暇などやはりなかったのだ。

それどころか、福島にさえたどりつけるかさえ自信がなくなってきた。



体が動かない。


なのに全然目的地には着かない。



自転車は借り物だから放置していくわけにも行かない。



なんでこんなことやってるんだろう。

なんでこんなことやってるんだろう。


もし、あとに引ける状況だったら引いていただろう。

ただ、行かなきゃ行けないから行くってそれだけだった。



※      ※      ※

午後20時。

目的地の「曲がり角」までのこり5~6㌔のところで少し余裕が出た。

峠越えでなんか勘違いを起こした僕の足の筋肉は、

普通の道で必要以上のポテンシャルを発揮して進んでいた。

もう脂っこい食べ物は嫌だと(結局定食はしょうが焼き定食だった。まずかった)

思っていた僕に飛び込んできたフレーズ

「サラダバー」

それだああ!

生野菜だああ!

何のお店か分からないがひとまず駆け込む。

とんかつのお店だったがなんと一つ頼めば

サラダバー、ごはん、お味噌汁、お惣菜、漬物、ゼリー

全て食べ放題である。(チェーン店だったが名前失念)

僕はメニューが来る前にサラダを二杯まるまる平らげた。

メインのとんかつは4切れくらいだったが、ご飯を2杯、お味噌汁を3杯、

サラダをさらに2皿、お惣菜を3皿、さらにジュースを4杯飲んだ。

やはり食べる量が尋常ではなく増えている。



店員の太ったお姉さんとちょっとだけ話しをする。

彼女の店でのあだ名は「珍獣」らしい。

一目見た瞬間から明るくてとても好感の持てる人だと思った。

福島弁は温かみがあるので話しているだけで和んでくる。

「私はね、そんなたび無理ですよ。ダメなんですよねぇ。自分になんか・・えー」

「負荷?」

「そう、負荷をかけるのが。すごいと思いますよお」

見送りに着てくれた。なんかでっかいぬいぐるみとともに。

「えっと、これは・・・?」

「クマです」

「いや、それは見れば分かるんですけど」

「ほら、応援してますよお。『おい、がんばってくれい』」

「あ、本当だ」

「ねえ、」

「じゃ、いってきます」

「はい。頑張ってください」

たぶんお姉さんのがずっとすごいよこんな旅に出なくても。すごい作品創らなくても。

国を変えなくても。

触れた人みんなに元気になってもらうことがすごく好きで

それをなんの恥ずかしげもなくやってしまうほうが。

きっと彼女自身にもいろんなことは沢山あるのだろうけど。

そして僕が見たのはほんの一面だろうけど。

でもそのときの疲れきった僕には本当にありがたかった。

決して名前が語り継がれることはないのだろうけど

偉人だろう。


※      ※      ※

人はなぜ飯を食うか。

エネルギーを得るためだ。

疲れたら腹が減る。だから補給する。

言葉にすると陳腐だけれど

このことを肉感として知るということができたのは大きい。



※      ※      ※

ようやく今日の温泉までの県道の曲がり角に来た。

このときすでに21時47分。

チェックインは21時までだったけど、電話をしといたから大丈夫。

「岳温泉   ここから10キロ」



ん?


10キロか。


遠いな。あと一時間くらいかかるじゃん。


この曲がり角にさえ来ればあとは楽勝だと思っていたのに

まあ、でもあとちょっとじゃん!

温泉だ温泉!



※      ※      ※

道が、暗い。

1メートル先が見えない。

ねっとりとした、闇。

明かりは本当に自転車に付いたライトだけ。

こわい。

しかもここにきて今までで最大のアップダウン。


辛い。でも止まれない。ライトが消える。こわい。でももう辛い。こわい。



一漕ぎごとに、ひざが「ぺり」という音を立てる。

足首もひざも、本当に動かないから、腹筋を使って、全体重をかけて、こぐ。

たまに影が横切る。自分か。誰かいるのか。

道をはずれているんじゃないか。

車くらい旅館が出してくれればいいのに。

これだけ遅れてるんだから車くらい出してくれればいいのに。

自転車で来ているのが分かっているんだから車くらい。

車くらい。

車くらい。

なんで出してくれないんだ。あたまおかしいんじゃないか。

今考えるとどうしようもない想念ばかりが胸をよぎる。

本当に本当に長かった。おそらく今までで一番辛かった時間だった。

目印のファミリーマートが見えた瞬間には

「つ、ついたあぁぁ」

という声が漏れた。自分でもびっくりするくらいの情けない声だった。

でも腹のそこから出た。

旅館に着くと、チェックイン時間から2時間もおくれたのに

とても親切に対応してくれた。

朦朧とした意識の中、温泉に入り、

部屋に着いた。



「ふ、布団だぁあぁ」



貪った。