5月から始まる本番に向けて、今週から毎週末は京都にいる。
せっかく気候も穏やかになってきたし、新幹線の回数券はあらかじめもらっているので一日延泊して
京都を歩いてみる。
といっても全然一日では回れないから、僕が今日歩いたのは地図で言う右上半分くらいだ。
出発点は京都造形大学の近くの民宿(?)
銀閣寺のそばにある。哲学の道というところのふもと辺りにある。
気温も本当にちょうど良かったし、晴れていたし、最高の散歩日和だった。
桜の季節は少し過ぎてしまっていたが、平日だというのに観光客は朝から結構居た。
川べには必ず桜の木が植えられていて、散り気味とはいっても静かで美しい景色だった。
僕には目的の場所があった。
「かねよ」という老舗のうなぎやさんだ。
いま最高にはまっている小説家、花村萬月氏の「百万遍 古都恋情」に出てきていたのでぜひいってみたいと思っていたのだ。
電車やバスに乗れば早いが、そもそもチェックアウトが10時で開店が11時30分だから早く行っても意味がない。
それに僕は徒歩が大好きなので河原町にある「かねよ」まで歩いていくことにした。
簡単なのはいいけれど、大きな道なんか通っていってもつまらないので裏道を行く。
割と信用ならない僕の方向感覚だが、時間もあるし、着かなかったら着かなかったでその場でであった面白いものを堪能しようと思っていた。
案の定、古都は魅惑的な路地がたくさんある。
階段がいいよね。両脇を民家で挟まれた狭い階段がいっぱいある。その先に桜の木がある。
ていうか普通の民家を見てるだけでも割と楽しめてしまうのだから、味のある家屋が並ぶ京都は僕は一人でも全然退屈しない。
最初にぶわっと道順は決めるけれど往々にして他の路地に吸い寄せられてまったく違う方向に行ってしまう。
迷っても気にしない。どっかでまた戻ればいいのだ。
とにかく、進んでみなければわからないのだ。
そんなこんなで着物の櫛飾りを専門に扱っている店の家の周りをぐるっとしていたら
神社に出た。
神社といおうか、
うーん、ちょっと形容しにくい場所に出た。
なんというか「神社の墓場」だと僕は思った。
情景を説明すると、その山の中には大小さまざまな鳥居があった。
稲荷様だったり、その他の神様をまつっている社もあった。
でもそのほとんどが打ち捨てられたように荒廃し、薄汚れていた。
そこここに「奉納某様」という石碑がまるで墓石のように林立していた。
なんでこんなにもたくさんの社があるのかよくわからないが、それをそのまま放っておくのもよくわからない。
中でもひとつの稲荷様の前に立ったときの違和感はなんとも強烈で、狐憑きにでもなりはしないかとひやひやした。
沈黙があった。
静寂ではない。沈黙だ。
言葉を持つものが口をつぐんでいる気配のようなものがあたりに漂っていたのだ。
後で調べると、僕が上っていたのは吉田山という場所だった。
あの有名な吉田神社があるところである。
でもその吉田神社のもっと上のほうにこんな場所があったなんて。
吉田神社は名声に負けない空気をかもし出す場所だった。
鳥居をくぐった瞬間から、ぐぐっと精神を緊張させる空気。
計算しつくされたバランスの砂、門、桜、石畳。
自然は最高の芸術だと僕は思うけれども、この人工にはやはり歴史がある。
剣道の達人の型を見ているような無駄のない、それでいて無限に広がる世界。
人は庭で宇宙を表現した。
究極の人工だ。
人は形のないものをつかもうとして周りの物に手を加える。
吉田神社のようにひっそりと、確実にゆるぎなく「在る」ことができるものもあれば
神社の墓場と僕が命名した場所のようにゆがんだ形で「在らされてしまう」こともある。
そのどちらも人が手を加えたものである。
あのいびつな空間に僕は人のこぼれ落ちてしまった悪意を感じ取れるような気がする。
ちょっと長くなるので、続きはまた今度書きます。
2012-03-29
もう3月も終わりなのか
鳥取から帰ってきてすぐにまた東京公演の稽古が始まって
また一から作り直しということになり冨樫と小嶋の結婚式二次会の会場下見したら意外と狭くて
もうこれはマイケル・ジャクソンを完コピするしかないなと思い定めて
ひとまず金髪にするかとギンギンに金髪にしてそしたらすぐに踊りに行くぜの東京公演があって
終わってその二次会に行きたくないから浅草から新宿まで4時間30分かけて歩いてなんだか
とても東京の街が深夜で美しく見えて得した気分になったけど
途中でなか卯食ったのが胃に響いてゲロはいて
そりゃそうだろうよだって一次会ですでにおなかパンパンだったんだもんそりゃ吐くよってなもんで
そういえば一次会のときずっと会場がサロンパス臭かったの犯人俺だったみたいで
もうかばんの中エアーサロンパスが液体になるくらい漏れまくっててしかも
大きいのと小さいの両方キャップ外れてて二つともあふれとんのかいとつっこみつつ
このかばんは再起不能であるとおもいつつ仕方ないからサロンパスを隅田川にスローイン
したはいいけどもそれから二週間経過した今も部屋がサロンパス臭いのはどうしてくれようかと
こんな春の訪れ望んでないよ一ミリたりとも望んでないよ
まあでも東京観光を一夜のうちにできたことが何よりも宝物なんですよなんて浸って
引きこもりになっているうちにキムさんの企画で京都に行ってショーイング公演をこなして
毎日京都のダンサーはなんてあったかい人たちなんだと感心しきりだったけど
自分の甘さや弱さをキムさんに指摘されたりとかして
もうなんだかへこんでへこんで
3次会には出席せずにやっぱり夜の京都を散歩して
京都御所の深夜の感じは本当に素敵でひとまず立ちションしてたらなんでかしらんけど
パトカーが通ってあわてて木の陰に隠れたりして京都にはホームレスはいないのかなとか
無駄なことを考えたりだって東京でこんなにすばらしい場所を一日開放してたら
ヤンキーや酔っ払いやホームレスが殺到するもんだけどそれがないのはどういうわけなんだろう
でも京都はひとまず喫茶店がどこも気合が入っていて
町もきれいだしちゃんと先端文化もあるんだけど伝統を忘れないぞって気合が感じられて
これで寒くなければ最高なんだけどなぁってもうすぐ四月なのに雪が降るのはどういう了見なんだ
まあ仕方ないかな自転車でぐるっと回れば回れちゃう京都で最終日にちょこっとだけ
観光したけど途中で踊りに行くぜのプロデューサーに出くわして
まじで轢き殺したかったけどぐっとこらえて有名店「イノダコーヒ」本店に入ろうとしたら
満席でもはや殺意に変わったけど見失ったので命拾いしたなおぬしと心の隅で毒づいて
帰ってきたら体調を崩して今日もバイト行こうと思ったのにいかなくて
死ぬほどダウンタウンのDVDばっか見てるので引きこもりだけどやべえお金がない
お金がない。
あと、ピアスから血が止まらない。
春だ。
とてつもなく、春だ。
また一から作り直しということになり冨樫と小嶋の結婚式二次会の会場下見したら意外と狭くて
もうこれはマイケル・ジャクソンを完コピするしかないなと思い定めて
ひとまず金髪にするかとギンギンに金髪にしてそしたらすぐに踊りに行くぜの東京公演があって
終わってその二次会に行きたくないから浅草から新宿まで4時間30分かけて歩いてなんだか
とても東京の街が深夜で美しく見えて得した気分になったけど
途中でなか卯食ったのが胃に響いてゲロはいて
そりゃそうだろうよだって一次会ですでにおなかパンパンだったんだもんそりゃ吐くよってなもんで
そういえば一次会のときずっと会場がサロンパス臭かったの犯人俺だったみたいで
もうかばんの中エアーサロンパスが液体になるくらい漏れまくっててしかも
大きいのと小さいの両方キャップ外れてて二つともあふれとんのかいとつっこみつつ
このかばんは再起不能であるとおもいつつ仕方ないからサロンパスを隅田川にスローイン
したはいいけどもそれから二週間経過した今も部屋がサロンパス臭いのはどうしてくれようかと
こんな春の訪れ望んでないよ一ミリたりとも望んでないよ
まあでも東京観光を一夜のうちにできたことが何よりも宝物なんですよなんて浸って
引きこもりになっているうちにキムさんの企画で京都に行ってショーイング公演をこなして
毎日京都のダンサーはなんてあったかい人たちなんだと感心しきりだったけど
自分の甘さや弱さをキムさんに指摘されたりとかして
もうなんだかへこんでへこんで
3次会には出席せずにやっぱり夜の京都を散歩して
京都御所の深夜の感じは本当に素敵でひとまず立ちションしてたらなんでかしらんけど
パトカーが通ってあわてて木の陰に隠れたりして京都にはホームレスはいないのかなとか
無駄なことを考えたりだって東京でこんなにすばらしい場所を一日開放してたら
ヤンキーや酔っ払いやホームレスが殺到するもんだけどそれがないのはどういうわけなんだろう
でも京都はひとまず喫茶店がどこも気合が入っていて
町もきれいだしちゃんと先端文化もあるんだけど伝統を忘れないぞって気合が感じられて
これで寒くなければ最高なんだけどなぁってもうすぐ四月なのに雪が降るのはどういう了見なんだ
まあ仕方ないかな自転車でぐるっと回れば回れちゃう京都で最終日にちょこっとだけ
観光したけど途中で踊りに行くぜのプロデューサーに出くわして
まじで轢き殺したかったけどぐっとこらえて有名店「イノダコーヒ」本店に入ろうとしたら
満席でもはや殺意に変わったけど見失ったので命拾いしたなおぬしと心の隅で毒づいて
帰ってきたら体調を崩して今日もバイト行こうと思ったのにいかなくて
死ぬほどダウンタウンのDVDばっか見てるので引きこもりだけどやべえお金がない
お金がない。
あと、ピアスから血が止まらない。
春だ。
とてつもなく、春だ。
2012-02-27
地方での本番がありました
今日、鳥取から帰ってきた。
2月4日には仙台で今参加しているダンスの本番があり、
先週は3月に本番がある京都にいってきた。(キムさんのアシスタント)
忙しい、という意識はないんだけどまあ忙しい。
いま参加しているのはダンスフェスティバルみたいなもんで、
大体一都市に2~3個ダンス公演をしにいく。
僕たちのチームは鳥取と仙台と東京を回る。
だからもうあとは東京だけ。
僕のチームの作品は評判が悪いらしく、やっているほうとしてもほとんど手ごたえがないのでまあ悪いこと言われてももう黙って聞くしかない。
作品がぎりぎりまで決まらなくてかなりぶっつけ本番なことが多い。
それが主な原因だと思っていたけど、考えれば結構いままでぶっつけなことは多かったのにな。
それでも割りといけることが多かったからなんだかやるせない感じだ。
自分を、舞台上で生かしたい。
ただそれだけを念じて舞台をやってきたから、この徒労感は悔しすぎる。
言い訳とうらみつらみとが打ち上げではき出せなくて下痢をした。
自分にダメージを向かわせた。
無様だ。
でもやりたいな。生きたいな。切実だな。
馬鹿は馬鹿なりにやってやろうと思う。
五月までダンスの予定が入っていて、
その後は東北に一人旅をしようと思ってる。
巡回講演で初めて訪れた仙台と、冨樫君がすんでいる山形の空気が忘れられない。
宿も、目的地も、日数も何も決めずに、新幹線は使わず、時には野宿もいとわない
そんなたびに出ようと画策中です。
最終目的地は山形の冨樫君の家だ(うろ覚え)
(たぶん)月曜日あたりに出発して(たぶんその週の)土曜日の朝あたりに
冨樫君の家にたどり着く。
主に徒歩で。
冨樫君には言ってないけど。
2月4日には仙台で今参加しているダンスの本番があり、
先週は3月に本番がある京都にいってきた。(キムさんのアシスタント)
忙しい、という意識はないんだけどまあ忙しい。
いま参加しているのはダンスフェスティバルみたいなもんで、
大体一都市に2~3個ダンス公演をしにいく。
僕たちのチームは鳥取と仙台と東京を回る。
だからもうあとは東京だけ。
僕のチームの作品は評判が悪いらしく、やっているほうとしてもほとんど手ごたえがないのでまあ悪いこと言われてももう黙って聞くしかない。
作品がぎりぎりまで決まらなくてかなりぶっつけ本番なことが多い。
それが主な原因だと思っていたけど、考えれば結構いままでぶっつけなことは多かったのにな。
それでも割りといけることが多かったからなんだかやるせない感じだ。
自分を、舞台上で生かしたい。
ただそれだけを念じて舞台をやってきたから、この徒労感は悔しすぎる。
言い訳とうらみつらみとが打ち上げではき出せなくて下痢をした。
自分にダメージを向かわせた。
無様だ。
でもやりたいな。生きたいな。切実だな。
馬鹿は馬鹿なりにやってやろうと思う。
五月までダンスの予定が入っていて、
その後は東北に一人旅をしようと思ってる。
巡回講演で初めて訪れた仙台と、冨樫君がすんでいる山形の空気が忘れられない。
宿も、目的地も、日数も何も決めずに、新幹線は使わず、時には野宿もいとわない
そんなたびに出ようと画策中です。
最終目的地は山形の冨樫君の家だ(うろ覚え)
(たぶん)月曜日あたりに出発して(たぶんその週の)土曜日の朝あたりに
冨樫君の家にたどり着く。
主に徒歩で。
冨樫君には言ってないけど。
2012-01-06
初夢
あけましておめでとうございます。
とっても更新数は少ないのだけれど、このブログ2008年からやってるんだとはじめて気がついた。
最近は結構、近過去の記憶の順序が曖昧になっていることに気がつく。
僕がいま惹かれて止まない小説家である花村萬月に出会ったのはてっきり去年だと思っていた。
でも過去のブログ読んでいると一昨年のことだったらしい。
すでに一年越しのつきあいだったんだなぁ。
人間なんて成長しないもんだなぁ。
よしもとばななにはまったのはいつだっけ?
花村萬月よりあとだっけ前だっけ?書いてないから良くわからない。
マイルス・デイビスを聴きはじめたのはいつだっけ?
ロバート・ジョンソンを聴きはじめたのはいつだっけ?
音楽の趣味が変わってきたなあ。
でも吉井和哉はかわらずにずーーーーっと聞いている。
好きなものって人それぞれ違うけど、いったい何がその人にヒットするのだろう?
出会う時期によっても多分接した感触ってまったく違うもんだし。
僕はよく覚えているのだけど、僕は中学生のころに一度花村萬月に触れているのだ。
当時僕は図書館で児童書ばっかし読んでいるのが恥ずかしくなって、
大人の書棚から始めて本を借りてみたのだ。
全然名前とか知らないからほんっと偶然なんだけど花村萬月を何故か借りてみた。
で、そのときは「なんだこれ」って思って強がりも続かずに途中であまりのつまらなさにやめてしまった。
何か小難しい独り言をうだうだしゃべってセックスして暴力して終わりってなんだそれって。
大人って良くわからないなって思った。
それが今じゃ・・。花村萬月なしではつまらなくて仕方ない。
思うに、人がなにかに惹かれるときは、そのなにかのリズムに淫してしまうのではないだろうか。
音楽はもちろん。小説にも言葉のリズムがあって、絵画にもリズムがある。
俳優にもその人独特のリズムがあるし。服とか、ダンスにも顕著ですね。
日々生きてる人それぞれのリズムがあって、なんとなく惹かれてしまう気持ちの根底には
リズムがちょうどハモってしまうような瞬間があるのではないだろうか。
友達とかもそうだもんね。
心地よいリズムってのが人それぞれ存在するもんだ。
たぶん生きていくうえでの僕のリズムみたいなものが中学生の時とは違っているんだろう。
最近のリズムというわけではないが
小説の神様は小川国男だと思う。
知らない人も多いでしょう。いわゆる内向の世代の一人と言われる小説家ですね。
期待して読むと死ぬほど地味で何も起こらないのでがっかりするかも。
でも、もう、なんか、すさまじい。
神です。
一見ただ平易なだけだけれど、こんな小説家は日本史上僕は見たことがない。
圧倒的です。
「小説」というものが本当に本当に好きでたまらない人は読んでみてください。
初夢に、阿部元総理が出てきました。
孤児院の院長やってました。
今年も皆様にとって良い年でありますように。
とっても更新数は少ないのだけれど、このブログ2008年からやってるんだとはじめて気がついた。
最近は結構、近過去の記憶の順序が曖昧になっていることに気がつく。
僕がいま惹かれて止まない小説家である花村萬月に出会ったのはてっきり去年だと思っていた。
でも過去のブログ読んでいると一昨年のことだったらしい。
すでに一年越しのつきあいだったんだなぁ。
人間なんて成長しないもんだなぁ。
よしもとばななにはまったのはいつだっけ?
花村萬月よりあとだっけ前だっけ?書いてないから良くわからない。
マイルス・デイビスを聴きはじめたのはいつだっけ?
ロバート・ジョンソンを聴きはじめたのはいつだっけ?
音楽の趣味が変わってきたなあ。
でも吉井和哉はかわらずにずーーーーっと聞いている。
好きなものって人それぞれ違うけど、いったい何がその人にヒットするのだろう?
出会う時期によっても多分接した感触ってまったく違うもんだし。
僕はよく覚えているのだけど、僕は中学生のころに一度花村萬月に触れているのだ。
当時僕は図書館で児童書ばっかし読んでいるのが恥ずかしくなって、
大人の書棚から始めて本を借りてみたのだ。
全然名前とか知らないからほんっと偶然なんだけど花村萬月を何故か借りてみた。
で、そのときは「なんだこれ」って思って強がりも続かずに途中であまりのつまらなさにやめてしまった。
何か小難しい独り言をうだうだしゃべってセックスして暴力して終わりってなんだそれって。
大人って良くわからないなって思った。
それが今じゃ・・。花村萬月なしではつまらなくて仕方ない。
思うに、人がなにかに惹かれるときは、そのなにかのリズムに淫してしまうのではないだろうか。
音楽はもちろん。小説にも言葉のリズムがあって、絵画にもリズムがある。
俳優にもその人独特のリズムがあるし。服とか、ダンスにも顕著ですね。
日々生きてる人それぞれのリズムがあって、なんとなく惹かれてしまう気持ちの根底には
リズムがちょうどハモってしまうような瞬間があるのではないだろうか。
友達とかもそうだもんね。
心地よいリズムってのが人それぞれ存在するもんだ。
たぶん生きていくうえでの僕のリズムみたいなものが中学生の時とは違っているんだろう。
最近のリズムというわけではないが
小説の神様は小川国男だと思う。
知らない人も多いでしょう。いわゆる内向の世代の一人と言われる小説家ですね。
期待して読むと死ぬほど地味で何も起こらないのでがっかりするかも。
でも、もう、なんか、すさまじい。
神です。
一見ただ平易なだけだけれど、こんな小説家は日本史上僕は見たことがない。
圧倒的です。
「小説」というものが本当に本当に好きでたまらない人は読んでみてください。
初夢に、阿部元総理が出てきました。
孤児院の院長やってました。
今年も皆様にとって良い年でありますように。
2011-12-30
昔の自分の作品を見て
年末年始は久しぶりに家にこもれる。
最近は銀のさらのバイトをしていたから年末年始はほとんど休めなかった。
だから家の大掃除とかも全然手伝えなかった。
今年はやりまくった。
それでなんとなく先日大学時代の友人たちと飲んだときに話が出た、
自分の過去の公演を見てみようと思った。
自分の公演のDVDはいつも見るためにかなり覚悟をしなければ見れなかった。
かなり覚悟をして見てみたとしてもずっと指先が震えていたりして冷静には観察できなかった。
でもまあ、もう何年も経ってるしいい加減ノスタルジックになったりすることもないだろうと思った。
なによりも、自分が、成長していると、思いたい。
ちょっとしたほほ笑みをもって見届けることができる、度量が、そろそろ、
あって欲しいなぁ・・・
いや、あるよ。たくさん経験積んだもの。
今までの俺とは違うんだぜ。
とか思ったり。
まあでも見ても何になるのかって言う話で
そもそも今自分がやっている公演やジャンルとはあんまし関係ないことやってたし、
単に昔を懐かしむだけなら、そんな自分の姿を想像するだけで噴飯ものだ。
自分に対するひいき目線で事実を曲解した自己満足に浸ってしまうなんて最悪だ。
でも見たい自分がいるのは事実だ。
なんで、わたしは、見たいのか。
その欲求の根源には精神的な自慰に走る弱い気持ちが隠れていないか・・
いや、いいよ
いいから見ろよ。
そうだね。
まあ、要は度量広がってないしも成長も大してしていないことがそこまで煩悶してわかったのである。
投げやりな開き直りで、
20歳のときに脚本・主演・照明を担当した「夕鶴」という作品を見た。
(冷静になんか見れないからもう開き直って思ったことを書きます)
ものすごく当たり前の感想なんだけど、若いんだな。
やっぱり。
いま書けといわれたら絶対に書けない脚本だし、できない演技だ。
それはたぶん出演者全員そうだろう。
近年の中大の二劇の人々は飛躍的に演技が巧くなっているし
かつ非常に客観的に自分を見れる人たちがそろっている。
ので、こんな公演はもうないだろうな。
尋常じゃなく不器用な俳優がいないもんな。
まあある種の無神経さがあるんだな。
人の死だったり、狂気だったりにたいする。
そこは殺さなくて良いでしょうというつっこみがどう贔屓目に見てもはいってしまうな。
でも無神経だからこそ生じる投げやりなまでのドライブ感みたいなものは確かにあるんだなぁ。
普通に、正直に書いていたのでは起こらないことが脚本上で起こってるから、
間違ってても浅はかでもひとまず日常ではないテンションに出演者それぞれが
全力でアクセル上げて、突っ込んでいってる。
しかしそれにしても絶望的なくらい荒削りだ。
細かいところの投げ出し方が常軌を逸している。思わずほほえんだよ。あ、ほほ笑みうかべられたじゃん。
演出は何をやっていたんだ空也さん!(文法的に変か)
まあ特に自分が・・・。
うーん、再演したいなぁ。(いつ暇があるんだ)
でもするにあたっては脚本を書き換えなきゃいけないけど、
今の僕にはどうしてもこの無神経さはないなぁ。
つじつま合わせるとか言葉を選びまくってどうにかなる問題じゃないし。この無神経さがないと。肝だよ。
当時の自分が物語の力に狂信的な信頼を寄せていたのがわかる。
ちょっとかなり最近は物語に懐疑的になっていたけど、これはこれでまだ捨て置くべきじゃないな。
作品の力って何なんだろう。
いろんなことを知って冷静になって分別を身につければ身につけるほど
自分の身の丈を知れば知るほど、
どんどん身動きは取れなくなっていくな。
この世界に対する曲解と妄想がなければ創造なんてできないのだろう。
もちろんそれだけだとこういう拙い作品をさらしてしまうのだけれど。
「狂信」
っていうのがけっこうキーワードになってる気がするんだよなぁ。この作品。
これは最近僕もずうっと考えているテーマだし。
でも再演難しいだろうな。みんなもうこの感じ出せない気がするもんな。
ちょっと自己満足に走りそうな気配があるし。
まあ、
俺はこんなこと考えてるほど暇なのかっていう話だ。
ああ、
やることいっぱいあるなあ。
だるーい。
最近は銀のさらのバイトをしていたから年末年始はほとんど休めなかった。
だから家の大掃除とかも全然手伝えなかった。
今年はやりまくった。
それでなんとなく先日大学時代の友人たちと飲んだときに話が出た、
自分の過去の公演を見てみようと思った。
自分の公演のDVDはいつも見るためにかなり覚悟をしなければ見れなかった。
かなり覚悟をして見てみたとしてもずっと指先が震えていたりして冷静には観察できなかった。
でもまあ、もう何年も経ってるしいい加減ノスタルジックになったりすることもないだろうと思った。
なによりも、自分が、成長していると、思いたい。
ちょっとしたほほ笑みをもって見届けることができる、度量が、そろそろ、
あって欲しいなぁ・・・
いや、あるよ。たくさん経験積んだもの。
今までの俺とは違うんだぜ。
とか思ったり。
まあでも見ても何になるのかって言う話で
そもそも今自分がやっている公演やジャンルとはあんまし関係ないことやってたし、
単に昔を懐かしむだけなら、そんな自分の姿を想像するだけで噴飯ものだ。
自分に対するひいき目線で事実を曲解した自己満足に浸ってしまうなんて最悪だ。
でも見たい自分がいるのは事実だ。
なんで、わたしは、見たいのか。
その欲求の根源には精神的な自慰に走る弱い気持ちが隠れていないか・・
いや、いいよ
いいから見ろよ。
そうだね。
まあ、要は度量広がってないしも成長も大してしていないことがそこまで煩悶してわかったのである。
投げやりな開き直りで、
20歳のときに脚本・主演・照明を担当した「夕鶴」という作品を見た。
(冷静になんか見れないからもう開き直って思ったことを書きます)
ものすごく当たり前の感想なんだけど、若いんだな。
やっぱり。
いま書けといわれたら絶対に書けない脚本だし、できない演技だ。
それはたぶん出演者全員そうだろう。
近年の中大の二劇の人々は飛躍的に演技が巧くなっているし
かつ非常に客観的に自分を見れる人たちがそろっている。
ので、こんな公演はもうないだろうな。
尋常じゃなく不器用な俳優がいないもんな。
まあある種の無神経さがあるんだな。
人の死だったり、狂気だったりにたいする。
そこは殺さなくて良いでしょうというつっこみがどう贔屓目に見てもはいってしまうな。
でも無神経だからこそ生じる投げやりなまでのドライブ感みたいなものは確かにあるんだなぁ。
普通に、正直に書いていたのでは起こらないことが脚本上で起こってるから、
間違ってても浅はかでもひとまず日常ではないテンションに出演者それぞれが
全力でアクセル上げて、突っ込んでいってる。
しかしそれにしても絶望的なくらい荒削りだ。
細かいところの投げ出し方が常軌を逸している。思わずほほえんだよ。あ、ほほ笑みうかべられたじゃん。
演出は何をやっていたんだ空也さん!(文法的に変か)
まあ特に自分が・・・。
うーん、再演したいなぁ。(いつ暇があるんだ)
でもするにあたっては脚本を書き換えなきゃいけないけど、
今の僕にはどうしてもこの無神経さはないなぁ。
つじつま合わせるとか言葉を選びまくってどうにかなる問題じゃないし。この無神経さがないと。肝だよ。
当時の自分が物語の力に狂信的な信頼を寄せていたのがわかる。
ちょっとかなり最近は物語に懐疑的になっていたけど、これはこれでまだ捨て置くべきじゃないな。
作品の力って何なんだろう。
いろんなことを知って冷静になって分別を身につければ身につけるほど
自分の身の丈を知れば知るほど、
どんどん身動きは取れなくなっていくな。
この世界に対する曲解と妄想がなければ創造なんてできないのだろう。
もちろんそれだけだとこういう拙い作品をさらしてしまうのだけれど。
「狂信」
っていうのがけっこうキーワードになってる気がするんだよなぁ。この作品。
これは最近僕もずうっと考えているテーマだし。
でも再演難しいだろうな。みんなもうこの感じ出せない気がするもんな。
ちょっと自己満足に走りそうな気配があるし。
まあ、
俺はこんなこと考えてるほど暇なのかっていう話だ。
ああ、
やることいっぱいあるなあ。
だるーい。
2011-11-24
ハイブリッドとは中途半端のことかな

この間、わが師匠伊藤キム氏の自宅に(毎度のごとく終電を忘れ)とめてもらった翌日、
僕は近場に旅に出た。
本当はバイトを入れていたのだが、そんなんやってられねえと思ったのである。
まあ朝はちゃんと8時30分におきたのだけれど、ふとこう田園都市線で渋谷まで行こうとしたときに思ってしまったんです。
「急行 久喜行き」
久喜・・・
久喜ってどこやねん。
久しぶりに喜ぶと書く久喜・・・・
行ってみようかな。
というわけで僕は11時ごろ久喜に降り立っていた。
久喜ってまあ大宮の近くなんですな。つまり埼玉。
僕は一切埼玉に行ったことがなかったので全然新鮮だった。
そいで何でか知らないけど埼玉の鉄道はシルクロードのローマばりに上の写真、
そう東武動物公園に通じているのです。
これはいってみるしかあるめえと思い僕は東武動物公園にふらりと立ち寄った(このときすでに12時)
しかし
なんか異常に人が少ない。
駅からの徒歩十分くらいの道もそうだし、平日とはいえ来園者が少なすぎるのでは・・
そしてまだ12時にもかかわらず浮かない顔をした家族連れがとぼとぼ帰っていくではないか。
よく見たらみんな東武動物公園から帰る人は浮かない顔をしているじゃないか。
「ハイブリッドレジャーランド 東武動物公園」
これは思わぬお宝の期待に胸が膨らんでくる・・
ようし、意気揚々と出発だ!!!

さて、写真のとおり期待に胸が膨らんでる僕を最初に出迎えたのは
東武動物公園のマスコットキャラクターの「とっぴー君」だよ!

かわいくねえ!!
ちなみにここはとっぴー広場だよ。
なにがあるかって荒れた芝生とトンネルが数点存在していたよ!
ちなみに東武動物公園は入って最初のエリアが遊園地エリアで奥が動物園エリアなんだ!
動物園エリアに行くまでに徒歩15分くらいかかったよ。
そのあいだにあったのは鯉が異常繁殖している池と数人の親子連れだった。
そして動物園エリアでぼくを最初に迎えたのは
「フラミンゴ」
フラミンゴなんだ・・・。いやあ、まあ文句は言わないけど。
あれだよね、たぶん「好きな動物ランキング」があったら
常に8位から13位あたりにランクインしてるもんね。
無難ー。
でも逆にちょっと違和感ー。
さあ気を取り直して
最初の動物園セクション。「猫エリア」
猫科の動物たちが5―6種類いたんだ。
でもそのうちジャガーとイリオモテヤマネコの二種類は「持病の悪化」で死亡してたからゲージは空っぽだったんだ!
それと国内最高齢のベンガルトラがいたよ。人間で言えば100歳だって!
なんかゲージの中をうろうろしてたよ。

あ、お土産やさんがあるぞ。
ちょっと小腹がすいたからチョコレートでもないかな?
うん、
全然ないね。
なんかビッグサイズのぬいぐるみばっかりおいてあるね。
店名を見たら「サバンナ」
なんだろう、たぶん「甘えんな!!」ってことなのかな?厳しいぞ世の中はってことか。

写真は見にくいけどバクの檻ですよ。
でも左下にいるのはリクガメです。
なぜ、この二頭を一緒のセクションに・・・?

さあ、テンションもあがってきました!
鹿がオス同士がちで喧嘩していたり、なんかふくろうが寝たふりしていたりするジャンル不明のエリアを抜け、「動物ふれあいエリア」に到着!
いろいろどうぶつがいるけど、僕はかんがるーエリアを選択。(あとはうさぎとヤギでした。)
やべええ、
カンガルー超怖い。
でけえ。
本当に触れられる位置にまで来てるよ。
え、ていうか柵みたいなの飛び越えてるけどいいのかな?
もうボスカンガルーの威圧がすげえ。
触れ合いっつうか
もうなんかここあいつの「シマ」じゃん。
完全部外者だよ人間。
なんかごめんなさいね。
出ますわ。
あー怖かった。
あ、犬エリアがある。あれ、普通に犬がいる。
「ラブラドールレトリーバー」
そろそろ帰ろうかな。
さあそのときの僕の表情です

最初と比べてみてください。見違えるように晴れやかです。
「ハイブリッドレジャーランド東武動物公園」
これは今度同期のやつらと改めていかなければの超おたからスポットでしたね。
あ、でも二組結婚してるんだよね。もう一組は事実婚だし。
まあ
来てる暇はみんなにないと思う。
PS 最近ピアスをあけました。軟骨に開けたら血がめちゃくちゃでました。でも今は落ち着いてます。
2011-11-17
別れて 猫が来た
なんだか風邪が長びいてる。
というより風邪未満くらいのやつが3日くらい直らない。
最近寒いもんね。
僕には今月たくさん別れがあった。
2年くらいやってたバイト先をやめたし、彼女とも別れたし。
でもうちに猫が来た。
(おそらく)初めての子供であろう母猫と5匹の子猫。
庭にすっかり住みついてしまった。
母はどっぷり溺愛中。
飼い犬(二代目)は控えめな性格のため早くもアイドルの座を奪われてしまった。
父もどっぷり溺愛中。
そういえば父は先日冬用のライダージャケットを勝手に買ってなぜか兄にすぐあげていた。
そして今日二着目がきた。
現在の父の愛車(DUCATI750)もある日突然横付けのトラックから転がってきたんだっけ。
周囲はでも結婚ラッシュだ。
僕のわかれはすべて自分で決断したことだから特に後悔はしていないけど。
島根に旅行に行った際縁結びの神に祈ったことが幸いしたのでしょうか。
僕自身に関しては縁ほどきになってしまったけど。
大学時代のサークル友達やら高校のときの演劇部の同期やらクラスの人やらですわ。
全員同い年なんだよね。
25ってそういう年齢なのかもしれない。
島根では僕は生まれて初めて自分以外の人のために黙々と祈った。
あんな気持ちになったのは初めてだった。
不思議な場所だったなあ。
誰かのために祈るとからだが楽になった。
ふわっとカーテンがあくみたいに明るくなった。
突き詰めれば自分のためにいのっているのだけれど。
あ、稽古の時間だ。
というより風邪未満くらいのやつが3日くらい直らない。
最近寒いもんね。
僕には今月たくさん別れがあった。
2年くらいやってたバイト先をやめたし、彼女とも別れたし。
でもうちに猫が来た。
(おそらく)初めての子供であろう母猫と5匹の子猫。
庭にすっかり住みついてしまった。
母はどっぷり溺愛中。
飼い犬(二代目)は控えめな性格のため早くもアイドルの座を奪われてしまった。
父もどっぷり溺愛中。
そういえば父は先日冬用のライダージャケットを勝手に買ってなぜか兄にすぐあげていた。
そして今日二着目がきた。
現在の父の愛車(DUCATI750)もある日突然横付けのトラックから転がってきたんだっけ。
周囲はでも結婚ラッシュだ。
僕のわかれはすべて自分で決断したことだから特に後悔はしていないけど。
島根に旅行に行った際縁結びの神に祈ったことが幸いしたのでしょうか。
僕自身に関しては縁ほどきになってしまったけど。
大学時代のサークル友達やら高校のときの演劇部の同期やらクラスの人やらですわ。
全員同い年なんだよね。
25ってそういう年齢なのかもしれない。
島根では僕は生まれて初めて自分以外の人のために黙々と祈った。
あんな気持ちになったのは初めてだった。
不思議な場所だったなあ。
誰かのために祈るとからだが楽になった。
ふわっとカーテンがあくみたいに明るくなった。
突き詰めれば自分のためにいのっているのだけれど。
あ、稽古の時間だ。
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